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第3章 摩天楼の天使(1)

 ワームホールを抜けた先に広がっていたのは、宇宙からも人工の灯りが眩しい、巨大な惑星ヒューリだった。  奇跡的に、今はもう枯渇した人類発祥の故郷、かつての地球とほぼ同じ環境を持ち、人類が移り住んでから三百年が経っていた。  ヒューリの輪郭線を縁取るようにして明るく、日が昇る。地球と同じ環境を可能にしている、恒星の放つ光だった。  宇宙港には、無数の宇宙船が係留している。  ラドラムたちもアーダムから頂戴したシルバーの船をドッキングし、早速船の改造屋(カスタマイズ・ショップ)に連絡を取っていたのだった。  男たちが、幾分女性に当たりが柔らかくなるのは地球時代から変わりがなく、通信士はマリリンが船医と兼務している。  この惑星で一番大きいカスタマイズ・ショップに回線を開くと、禿頭(とくとう)の男が映話画面に映し出された。 「こちら、ブラックレオパード号。船のカスタマイズを頼みたいの」 『修理はなしか?』 「ええ。カスタマイズだけ」  男は送信された船のデータを見て、感嘆の声を漏らした。 『こいつは……最新式じゃないか。一体、何処を直したいんだ』 「ボディを、漆黒(マットブラック)にしてほしいの。それから、艦橋にベビーベッドを一式」 『塗りなおすなんて、贅沢だな。完全に乾くまで、少しかかるぜ』 「構わないワ」 『じゃあ、引渡しは十五時で』 「頼んだワネ」  通信は切れた。 「プラチナ、またこの船がブラックレオパード号になるぜ」  ロディが、キャプテンシートの高い背もたれに手をかけて立っているプラチナに声をかけると、彼は振り返って人工眼球の目元に微笑みを湛えた。 「はい、ロディ。とても嬉しいです」  そして毎度のごとく、キャプテンシートで眠っているラドラムに声をかけた。 「ラドラム。宇宙港にドッキングしました」 「ん~……」 「ラドラム」  合成音声だけだった時よりプラチナは優しく囁いて、ラドラムの肩を揺する。 「ああ……サンキュ、プラチナ」 「どういたしまして」  マリリンが、やや目を丸くしてそれを見て、ロディに耳打ちした。 「何か、本当にお母さんかコイビトみたい……」 「シッ。俺はまだ、ラドに殺されたくねぇ」  ラドラムはタッチパネルから足を下ろし、大きく伸びをした。 「さて、じゃあ久しぶりに都会を楽しむか」  そこへ、マリリンが弾んだ声をかけた。 「ラド、占いって好き?」 「占い? 興味ないな」 「さっき調べたんだけど、この惑星に汎銀河系でも有名な、よく当たる占い師(フォーチュン・テラー)がいるの」 「どうせエスパーが、ウマイコト言って高い金ふっかけてるだけだろ」  マリリンはぷうと頬を膨らませた。 「もう! 夢がないワネ。占いだと思うから、楽しいんじゃない」 「女はそういうの好きだよな。恋占いとか、結婚占いとか」 「良いじゃない、ロディ。運命の人が分かったら」  キャピ、と胸の前で手を握り合わせて、マリリンは満面の笑みで言った。 「どの道、十五時まで船を出なくちゃいけないのヨ。良いデショ? ラド。みんなで行きマショ」 「何で俺たちも一緒なんでぇ」 「またマリリンの、ホラーハウス体質か」  キャプテンシートからおりて、ミーハーなクルーにウンザリといった顔をする。 「せっかくこの惑星に着いたんだから、観光しましょうヨ!」 「ラドラム。私も興味があります」 「プラチナが?」  ラドラムが頓狂な声を出した。 「大丈夫か、お前。どっか壊れてるんじゃないのか」 「私も、人間のもつ確率と蓋然性(がいぜんせい)の計算が見てみたいのです。私たちA.I.も、計算をしますから」 「ん~……」  マリリンのキラキラとしたラピスラズリの瞳が見守る中、ラドラムは腕を組んで考えた。 「……仕方ない。付き合ってやるよ」 「良かったぁ。プラチナ、楽しみましょうネェ」 「はい、マリリン」  およそ楽しそうでもない声音が答えたが、マリリンは気にしなかった。  代わりにロディが、愉快そうに揶揄する。 「コブ付きで恋占いか。フォーチュン・テラーが答えに困らなけりゃいいが」  惑星ヒューリに着いたらすぐ受け取れるよう、通信販売で買っておいたフード付きのベビー服をキトゥンに着せているマリリンに、ロディが笑う。 「まっ。シングル・マザーだって幸せになれるのヨ。男ってホント考えなし!」 「では私は、シングル・ファーザーでしょうか」 「そうネ。アンタが人間だったら、割とタイプヨ、アタシ」 「すみません、私にはラドラムがいます」  くそ真面目な声で断られて、マリリンは思わず声を立てて笑った。 「そうだったワネ」  興味深くキトゥンの着替えを覗き込んでいたラドラムが、顔を顰める。 「よせよ」 「良いじゃない、プラチナは嘘をつかないし、無駄口も叩かない、理想の相手なんデショ? ……アラ、ちょっときついかしら。大きめのサイズを選んだ筈だけど」 「育ったんじゃねぇのか?」 「そんなに早く大きくならないワヨ」  キトゥンはマリリンとプラチナにすっかり懐いて、本当の親子のようにリラックスしてプラチナの長い黒髪を引っ張ってはダァダァと笑い声を上げていた。 「……これでよし!」  小さな兎の耳がピョンと着いたフードを被せると、キトゥンは天使のように愛らしい普通の赤ん坊になった。指をしゃぶって、機嫌よくプラチナにしがみ付く。  マリリンは小さな小さなキトゥンの頭を撫でた。 「そーお、プラチナが良いの。じゃ、ベビーキャリアとマザーズリュックはアンタに預けるから、キトゥンの世話頼んだワヨ」 「分かりました」  赤道直下、降りる先は常夏だった。一同も思い思いに装いを変えて、惑星ヒューリに降り立った。

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