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第4章 Dead or Alive(1)
「ラド! 何処へ行きゃ良いんだ!?」
ビリビリと船体を軋ませて、全速力で惑星ヒューリから離脱しつつ、ロディが声を張り上げた。
近くには、惑星デデンへ通じるワームホールしかない。行き先を決めなければならなかった。
その時、ラドラムの脳裏に浮かんだのは、プラチナの言葉だった。
『カイン・ベルナール。惑星イオテス出身』
「惑星イオテス!」
「アイサー! 十秒後にステルスハイパードライヴに入る。シートベルトを締めろ」
プラチナは、横抱きにしたラドラムを素早くキャプテンシートにおろし、シートベルトを締めさせる。
自分はベビーキャリアでキトゥンを抱いたまま、傍らに立ってキャプテンシートに手をかけた。
背後に迫る連邦警察の船から、強制的に星間映話が割り込んでくる。
『止まれ! 止まらないと、撃つぞ!』
「……三、二、一、ハイパードライブ突入!」
メインスクリーンに映っていた星の海が線状の光になって、ブラックレオパード号は、宇宙空間に一筋のエネルギー粒子を残して、連邦警察の追撃から姿をくらました。
* * *
アーダムから頂戴した新・ブラックレオパード号は、連邦警察よりも最新式の速い船だった。
逃走するのに打って付けなステルスハイパードライヴがオプションとしてついていて、おそらくアーダムが、自分自身の身が危うくなった時に使用する為に持っていた船だと考えられる。
備蓄食料も大量、脱出ポッドも二人乗りと一人乗りがそれぞれ三機ずつ、搭載されていた。
ハイパードライヴ航行が安定した所で、プラチナがラドラムに問う。
「ラドラム。私が操縦を変わりましょうか?」
「ああ。イオテスまで何分だ、プラチナ」
「ロディ、操縦を変わります」
「はいよ」
プラチナのA.I.と、ブラックレオパード号が同調した。
「ラドラム、惑星イオテスまで、一時間四分二十九秒です」
「辺境だな。今回は、昼寝って訳にはいかなそうだ」
「そうですね」
シートベルトを外し、クルーたちがキャプテンシートの周りを取り囲んだ。
マリリンがプラチナから、ベビーキャリアごとキトゥンを受け取りながら、声を高くする。
「ちょっと! それ、連邦錠じゃない!」
「何やらかしたんだ、ラド。そりゃ外れねぇぜ。地獄の果てまでプラチナと一緒だ」
ラドラムが頭を抱えた。
「俺にも、何が何だか分からない。荷物を取りにいったら、ロッカーから、俺のクローンが出てきたんだ」
プラチナが付け加える。
「生命反応はありませんでした。培養した後、人為的に生命活動を止めたものだと思われます」
「つまり、ラドの『死体』だったってぇ訳か」
「ぞっとしないぜ……」
何処か他人事のように語る男たちだったが、マリリンが焚きつけた。
「そんな悠長な事、言ってる場合じゃないじゃない! どうすんのヨ、連邦錠をつけたまま、一生追われて生きるつもり!?」
「待ってください、マリリン。これは、明らかにラドラムをターゲットにした罠です。今回の依頼が、関係していると思われます」
「依頼? 聞いてないワヨ、ラド!」
「受けたか。お前さんなら、金が唸ってても便利屋を続けると思ったぜ」
「ああ、これを……」
ラドラムが右手で懐から布包みを出そうとしたが、極彩色に光る連邦錠が僅かに伸びただけで、プラチナはびくともせずに立っていた。
そしてハッと気付いて、ラドラムの方へ左手を差し出す。
ラドラムが、口をへの字に曲げた。
「よりによって、利き手だぜ」
「安心してください、私に利き手はありません。ラドラムが出来ない事は、私が利き手の代わりになります。それに私は睡眠を必要としませんので、ラドラムがキャプテンシートで眠る間は、側に立っています」
「シャワーやトイレは?」
思わずマリリンが呟くと、ラドラムが情けない声音を出した。
「やめろ。考えたくない……」
言いながら、ラドラムは左手で不便そうに懐を探った。
「これを、シーア……レディ・キューピッドから預かった」
「レディ・キューピッド!? いつ?」
「エンジェルズ・オラクルに行く前だ。あの子はやっぱり、エスパーだ」
「あの子?」
「七~八歳の女の子だったぜ」
マリリンが目を丸くする。
「嘘。レディ・キューピッドって、十年くらい前から、有名ヨォ?」
「プラチナ。どういう訳か計算してみてくれ」
「はい、ラドラム」
「エスパー対A.I.の戦いだな、こうなったら」
ロディが、若干面白そうにも聞こえる調子で呟く。
一点を見詰めて可能性を計算していたプラチナは、五秒ほどあって口を開いた。
「可能性は、三つに絞られました」
「聞かせてくれ」
「ひとつ目は、E.S.P.で少女の姿を保っている可能性。6.8%」
「だろうな。そんな強力なエスパーがいるとしたら、連邦が独り占めして、あんな店を許可する訳ない」
「ふたつ目は、機械の身体を乗り継いでいる、サイボーグの可能性。36.2%」
「なるほど。脳移植か。だけど『体質』的に、適合出来ない奴が人口の四割はいるって聞いた事がある」
「三つ目は、STEP 細胞の常習的投与。56.3%。その他が0.7%です」
「STEP細胞? ありゃ、倫理的に問題があるってぇんで、かなり前に禁止薬物になったんじゃなかったか?」
ロディが口を挟んだ。
「ええ、そうヨ。副作用があるの。一度使ったら中毒性があるし、常習すると、子孫を残せない身体になるの」
マリリンも補足した。
「詳しいな、マリリン」
「アラ、これでもドクターヨ。それに、若返りは女の子の夢だもの」
「STEP細胞を管理してるのは、連邦だよな」
「ええ。確か発見当初から、副作用の確認、現在の研究に至るまで、全て連邦政府の管轄の筈ヨ」
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