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第4章 Dead or Alive(3)

    *    *    *  ――ビリリ。  惑星ヒューリの地下三層で、壁に貼られた賞金首(ウォンテッド)の貼り紙を通りかかったついでに破いた青年は、そのまま路地裏に入って行ったかと思うと、フッと姿を消した。  その賞金首の貼り紙には、必ず付き物のホログラム写真ではなく、引き伸ばされておよそ輪郭しか分からぬ不鮮明な2D写真が示され、身長・体重・年齢・人種・風貌が記載されているだけだった。名前さえない。代わりに、Dead or Alive(生死を問わず)の文字が大きく載っていた。  それが風に吹かれて飛んでいく。細く行き止まりになっている袋小路だったが、その紙屑も不意に消え失せた。  物好きにも、行き止まりまで入って調べてみれば分かったかもしれない。一人分の幅しかない路地が、更に五十メートルほど右へ伸びていることを。閉所恐怖症でなくとも、息苦しさを感じるほどの圧迫感だった。  だが青年は躊躇いなく奥へ進み、本物の行き止まりの壁に掌を当て、掌紋認証で床をスライドさせる。ヒビで巧妙にカムフラージュされた入り口の下には、パイプ製のハシゴが続いていたが、青年は身軽に飛び降りた。  白くてだだっ広い実験台の並ぶ部屋に入ると、自動で灯りが点灯する。  そして例の狭いモニタールームに入り、ラドラムたちが惑星ヒューリから逃げ出す様を見て取って、僅かに人工眼球を眇めた。  その他に表情らしい表情はなく、何を考えているのか分からない。  地下三層は、惑星ヒューリの最下層で、犯罪危険レベルはマックスだった。道を歩けば何らかの犯罪に当たる危険度だ。  そこでの暮らしが青年の心を変えたものか、元より心を持たぬ電子脳なのか。  モニタールームを出ると、青年は壁際に並んだ円筒形の水槽の前に立って、タッチパネルを操作した。  ――ゴボボ……。  その中には人影が幾つも培養され、瞼を閉じて誕生の時を待っているのだった。     *    *    *  惑星イオテスの一番小さなオアシスまで、一行はレンタル・ラクダに乗って移動していた。  炎天下の気温は四十五℃を超え、容赦なく日差しは照り付ける。ローブ内蔵のクーラーのお陰で体感温度は涼しかったが、厄介な事に砂嵐は視界を十メートルまで狭めていた。  テクノロジーが全てを制御する時代にあって、その原始的な移動方法は、一行を酷く疲弊させていた。  ラドラムとプラチナは、もちろん一緒のラクダだ。長身なプラチナが二瘤ラクダの後ろに乗って、手綱を取っているのだった。  キトゥンは、プラチナのローブの中からちょろりと尻尾だけを覗かせて、優雅に昼寝の最中だった。 「ロディ、あとどれくらい!?」  風音に負けぬよう、マリリンが先頭のロディに向かって声を張り上げる。  ロディは方位磁石を出して、確かめる。 「方向は合ってる……もうそろそろだ!」  その時、忽然と一同の前に高い壁が現れた。慌てて、みなが手綱を引いてラクダを止める。  ドーム状の巨大な建造物が、ぽっかりと浮かび上がった。入り口はラクダ一頭分サイズで、ホバーカーなどは通れないだろう。  一行はラクダを降りて、原始的なドア・ノッカーを打ちつけた。ややあってこれも原始的な小さな覗き窓から、男がぎょろぎょろした目を覗かせた。 「何の用だい?」 「観光だ」 「こんな何もない惑星に?」 「都会育ちなんでな。一度、砂漠を見てみてぇと思って」  ぴしゃりと覗き窓が閉じられた。 「……入んな」  手動でドアが開けられて、一行は招き入れられた。  ドームの中では風は吹いていなかったが、隙間から入るのだろう、あらゆるものが砂を被って景色はベージュに染まっていた。 「それで、砂漠はどうだったい?」  面白そうに小男がロディを見上げる。彼は僅かに顔を顰めた。 「あんまり良いもんじゃねぇな」 「へへ、だろうと思った。自然の脅威を甘く見ない事だな」 「ご忠告、痛み入るね……」  レンタル・ラクダを返し、連邦ドルで料金を支払うと、一行は砂に塗れたローブを脱いで、このオアシスに一軒の宿屋を目指した。念の為、サングラスはかけたままだ。  一番小さいとは言え、カイン・ベルナールの生まれたこのオアシスは、宇宙港から最も近く水が豊富に湧き出る事から、旅人たちの文字通りの休息所(オアシス)になっていた。  アーケードになった商店街を抜け道にしてそぞろ歩くと、威勢のいい店主たちの呼び声が、一行の足を度々止めさせる。  その内の一軒、ペットショップが一行の目に止まった。  驚いた事に、大きな強化ガラスで仕切られたショーケースの中には、見目いい少年や少女たちが、愛想笑いを浮かべてニッコリと客たちに手を振っているのだった。 「人間狩りか?」  思わず呟いたラドラムに、マリリンが答えた。 「まさか。連邦法で、禁止されてるワヨ」 「いらっしゃいませ!」  ニコニコと、ペットショップには付き物の、若い娘が跳んできた。 「うちは、血統書付きのペットだけを扱っておりますよ。人間狩りなんて、とんでもない。お一人、如何?」 「ロリコン趣味はねぇよ」  ロディが一蹴するが、娘は怯まなかった。 「それなら、ちょうど今日入った、二十代ものがございますよ。綺麗なブロンドの毛並みで、愛玩するもよし、労働させるもよしの、貴重な逸品です。ほら、たった今ケージに出される所です」  娘が指し示す空っぽのケージのバックヤードドアが開いて、癖のある長いブロンドにフォレストグリーンの瞳、獣のようにきょろきょろと新しい環境を確かめる青年が現れた。 「ラッ……!」 「馬鹿」  大声を上げそうになるマリリンの口元を、ロディが反重力グローブの嵌められた手で塞いだ。  ラドラムが、顔を蒼くして訴える。 「ロディ、買ってくれ」 「ああ。……気が変わった、こいつをくれ」 「ありがとうございま~す!」  娘はニッコリと笑って言った。 「ご自宅用ですか? ラッピングは致しますか?」 「そのままでいい、早くあいつをしまってくれ」  ラドラムが事を急いて娘に囁いた。 「はい、ではローブとサングラスをサービスさせて頂きますね。ありがとうございました! またのお越しをお待ちしておりま~す!」  娘は罪悪感など一欠片もなく、動物好きの優しげな笑顔でハキハキと接客し、奥から首輪とリードで繋がれた青年を引っ張ってきて、ロディに手渡した。

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