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第4章 Dead or Alive(4)
* * *
宿屋に着いた一行は、先ほど買った『ペット』の青年を囲み、途方に暮れていた。
青年は、四人部屋のベッドに座った一同の顔を代わる代わるきょろきょろと見回しては、オドオドと身を竦めたり、かと思ったら、愛想笑いを浮かべて甘えた声を上げたりする。
人間として必要最低限の知識しか与えられていない、獣同然の状態である事は、一目瞭然だった。
「買ったのは良いけどよ。こいつ、どうするよ、ラド」
「俺だって分かるもんか。ただ、他人に買われるかと思うとぞっとして、買っただけなんだから」
青年は、ラドラムの顔をしていた。肩にかかるくらいまで伸びた髪を後ろで束ねているラドラムと違い、伸ばしっ放しにされたブロンドは、腰辺りまで伸びてゴージャスな雰囲気を漂わせている。
「アンタも髪伸ばせば? それで影武者にするの」
「逆だろ。こいつの髪を切ればいい話だ」
「アラ、それもそうネ。ブロンドが綺麗だったから、つい」
温度は適温なのに、ラドラムが寒そうに腕を組んで二の腕をさする。
「よしてくれ、マリリン。悪寒が走る」
プラチナが提案した。
「マリリンの言うように、影武者として、一時的に身代わりになって貰うのはどうですか?」
「駄目だ。連邦のブタバコに入れられたら、簡単に脱獄なんて出来やしない。第一、この様子じゃ、違法クローンの罪が重くなるだけだ」
「そうなんだよな。クローン法が出来た時、クローン培養の出来る施設は、全部潰された筈じゃねぇのか?」
「ああ。カインのクローンは、自由にクローンを培養できる研究所 を持ってるって事だ」
「クゥン」
何処まで会話を理解しているかは不明だが、本能で分かるのか、青年がこの『群れのボス』であるラドラムに擦り寄ってくる。
「やめろ! 寄るな!」
ラドラムが、鳥肌を立ててプラチナの後ろに隠れたが、プラチナはその頭を撫でて、微笑んだ。耳の後ろをかいてやると、うっとりとその膝に頭を預けて甘える。
「可愛いじゃないですか」
「プラチナ! 今すぐやめろ!!」
「キャン」
ラドラムの大声に驚いた青年は、飛び退いてマリリンの足元で丸くなった。
「やめなさいヨ、ラド。可哀想じゃない。アンタの顔してるけど、面の皮の厚いアンタと一緒じゃないのヨ」
「自分の顔した男に甘えられてみろ。誰だってこうなるさ」
「問題は、どの程度、お前さんのクローンが流通してるかだな。この惑星だけならともかく、無差別にばら撒かれたら、回収のしようがねぇ」
「あるいは、私たちがここに来る可能性は高かった訳ですから、手を引けという脅迫だとも考えられます」
「そうだな……。取り合えず、予定通りカイン・ベルナールの家に向かおう。この星に電子住民データはないから、写真の一枚でも残ってる事を祈るしかない」
「ああ」
「そうネ」
一同が揃って立ち上がると、青年も尻尾を振らんばかりの勢いで立ち上がって、笑顔を見せた。
「……連れていくしかねぇか」
「すっかり、アタシたちが飼い主だと認識したようネ。ラド、躾の為に、リードはアンタが持ちなさいヨ」
かくして、片手でペットのリードを引き、片手はプラチナと繋いだラドラムが、目出度く出来上がったのだった。
* * *
カインの家は、他の家と同じく、砂に塗れていた。
オリジナルのカイン・ベルナールが若くして亡くなっても、家族だろうか、まだ住民が居たようで、それほど酷く荒れた様子はない。
ただ、隙間から入ってくる粒子の細かい砂が、三センチほど床に積もっていた。
宿屋もそうだったが、電化製品はすぐに壊れてしまうようでリビングには暖炉があり、それが功を奏した。
暖炉の棚の上に、写真立てが幾つもあったからだ。
さくさくと音を立てて砂地を歩くと、ラドラムはペットのリードを手首にかけ、写真立てを手に取った。
ホログラム写真ではなく、大昔の2D写真だった。ふっと息を吹きかけて表面に薄っすらと積もった砂を払うと、その下の写真が見えた。
だが、ラドラムは肩を落とす。
それは長い事日の光に晒され、すっかり写っていた筈の像は消えてしまっていた。
「プラチナ、これ見えるか?」
手渡すと、プラチナの人工眼球がきらりと光る。
「すみません、ラドラム。着色成分が変質していて、判別がつきません」
「そうか……あと何か……」
――パキッ。
後ろで何かが割れる音がして、プラチナが鋭く言った。
「触らないでください! 手を切ります。私が拾うので、貴方は下がっていてください」
足元に手を伸ばしかけていたペットが、大人しく退いてプラチナが砂地を探るのを見下ろす。
先ほど撫でて貰ったからか、プラチナに懐いているらしい。
プラチナが厚く積もった砂をよけると、割れた写真立てが現れた。そこには、色褪せてはいるものの、若い男女の写真がくっきりと残っていた。
「プラチナ、それがカインか?」
「……少し待ってください」
ガラスの欠片と砂を払うと写真立ての額の下に、文字が浮かび上がった。
「『カイン・ベルナール、エーリカ・ベルナール。宇宙歴二百一年三月六日。結婚一周年記念写真』とあります」
「ビンゴ」
ロディが呟いたが、更にプラチナが続けた。
「インクは劣化して霞んでいますが、写真の裏に直接書かれたと思われる、筆圧が残っています」
「読み上げてくれ」
ラドラムが言うと、プラチナは写真を裏返して、殴り書きのニュアンスまで汲み取って自暴自棄に嘆いた。
「『あの人が帰ってこない。連邦に連れていかれてしまった。あの人が死んだなんて、嘘に決まってるわ! きっと、E.S.P.兵器開発の実験台にされているのよ。あの人を返して! カイン、逢いたい、逢いたい……』。以上です」
「カインは、エスパーだったのか」
ラドラムが唸った。
「お手柄ヨ、よくやったワ」
マリリンが、頭一つは高いペットの頭を撫でると、ペットは嬉しそうに彼女に擦り寄った。
その光景がなるべく目に入らないように明後日の方を向きながら、ラドラムは考える。
「連邦が、エスパーを徴兵する事はよくあるが……」
「それをクローンで増やして、人間兵器化したってぇ事か?」
「プラチナ。可能性を低くして、カインがその後どうなったか、その写真から推測してみてくれ」
「はい、ラドラム」
プラチナの電子回路を、目まぐるしく情報が行き交う。
だが計算に入る前に、ひとつの事実が引っ掛かり、プラチナはすぐに再び口を開いた。
「ラドラム。カイン・ベルナールのクローンは、連邦から指名手配されています」
「賞金首って事か?」
「はい。惑星ヒューリで地下一層におりた際のメモリーから、カイン・ベルナールの写真に該当する貼り紙がありました」
「てぇ事は……」
「連邦は、カインの管理に失敗したんだ。俺の荷物とクローンをすりかえた手際のよさから、ヒューリの何処か……おそらく下層に、潜伏してる」
「決着をつける必要が、ありそうだな」
「ごはーん!」
シリアスな論議のただ中に、力一杯の叫びが木霊した。
男たちがガックリ拍子抜けして振り向くと、ペットが腹を押さえて泣き出しそうな顔をしていた。犬なら、耳と尻尾がうな垂れているといった所か。
「ワン、お腹空いてるみたい。アタシもお腹空いたワ。経緯が分かったんなら、お昼食べに行きマショ」
「ちょっと待て」
ラドラムが鋭く言葉尻を捉えた。
「ワンってのは、何だ?」
「この子の名前」
「何でワンなんだ?」
「ワンちゃんみたいで可愛いデショ? それに、いっぱい出てきたら、ツー、スリーって呼べばいいし」
「いっぱい出てくるなんて、縁起でもない事言うな!」
ラドラムが珍しく、声を大にして抗議した。
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