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第4章 Dead or Alive(5)

「S-511はまだか」 「は。間もなく『占い』が済むかと……」  どちらも、連邦軍の制服だった。先の男の方が、胸に勲章が多い。  先の男が、神経質にデスクをコツコツと人差し指で叩いて言った。 「だから、あんな店は早く潰すべきだと言っているんだ」 「しかし、知名度があり過ぎます。今突然、エンジェルズ・オラクルを閉めれば、悪戯に民衆の関心を集める事になるでしょう。それに、STEP細胞研究の、費用捻出にもなっておりますし」 「全く……隕石衝突事故の現場は、一刻も早い状況判断を、迫られているんだぞ! 何の為の飼い犬だ!」  ピン、という音と共に、男の前の空間に映話チャンネルが開いた。 『S-511です。お待たせしました』 「今すぐ、スペースコロニー・ペガサス・ウイングスの隕石衝突について、透視しろ! 私がどんな指令を出せば、最良の判断になるか!!」  顔中を口にして喚く男に、シーアは少し物憂げな顔をして、冷静に語った。 『……空母ではなく、小型戦闘機を五百機、緊急発進させてください。まずはそれで開いた穴を塞いで、そのあと空母と大船団で、ドクターを少なくとも三千人以上乗せていき、怪我人の治療に当たってください。それが最善の処置です』 「聞いたか! 今すぐ、そのように命令を伝達しろ!」 「はっ」 『……それでも、沢山の人が亡くなります。それは避けられません』  シーアは、常ならけして言わない、求められぬ情報をぽつりと呟いた。  その言葉に、男が再び喚く。 「うるさい! お前は私の質問に答えるだけでいい! お前は、連邦軍の飼い犬だという事を忘れるな!!」  何年経ってもまだ未発達なままの少女の拳をきゅっと握り締めてから、シーアはタッチパネルを操作した。 「……失礼します」  ピン、と音を立て、シーアの前に開いていたチャンネルが閉じる。  大きなアメジストパープルの瞳から不意に、大粒の涙が一粒ぽろりと、握り締めた拳に落ちた。 「プロト……会いたい……逃げないで」     *    *    * 「ワン、ツー、スリー、お腹はいっぱいになった?」  三人の……いや、オリジナルも加えるなら四人のラドラムが、食事を終えた所だった。オリジナルは苦虫を噛み潰したような顔で、他の三人は満面の笑みでマリリンに擦り寄っていた。  『ご飯』をくれる人が誰なのか、ちゃんと理解しているのだろう、ペットたちはマリリンとプラチナに懐いていた。  オリジナル以外の三人には、少々不自然だが、サングラスにフードで過ごして貰っている。  惑星イオテスには、四つのオアシスがあった。  念の為、他のオアシスのペットショップにも原始的な『電話』で問い合わせた所、長いブロンドにフォレストグリーンの瞳の二十代ものが入ったばかりだという。  慌てて予約を入れて、手数料を支払ってラクダで配達して貰ったが、一つ隣のペットショップでは、すでに売れてしまったという。  一行は、それを買い戻しに出発する前だった。  幸い、隣のオアシスまでは、ラクダで一時間半。夕食前には、帰ってこられるだろう。 「お客さん」  会計を連邦ドルで済ませ、出発の準備を整えていた所へ、店の女将がやってくる。 「何だ?」 「ペットの買い戻しをしたいのって、あんたかい? お客さん」 「ああ、そうだけど」 「ペットショップから電話がきてるよ」 「ありがとう」  言って、ラドラムとプラチナが手を繋いでノコノコ着いてくるのを、女将は奇妙そうにチラチラと振り返っていた。  電話の内容はこうだった。『倍の値段なら売ってもいい。ついでに送り届けてやる』。買った男は、そう言っているらしかった。  ――ゾワッ。  ラドラムは、鳥肌が止まらなかった。  男! 労働力として買った事を、彼はいっそ両手を握り合わせて神に祈りたい気分だった。  片手に電話、片手にプラチナで叶わなかったが。 「ラドラム、急激に体温が下がりましたが、大丈夫ですか?」 「だ……大丈夫だ」  動揺にひとつどもって、ラドラムは答えた。そして、電話の向こうに言う。 「分かった。金ならあるから、そうしてくれ」  それからきっかり一時間半で、やせぎすの背の高い男が、ラクダの後ろにペットを乗せてやってきた。  ラドラムは、街の入り口でサングラスをかけて出迎える。プラチナと手を繋いだまま。  ペットは、自ら飼い主の男の腰に腕を回し、ぴったりとくっ付いていた。  ラドラムが頬を引きつらせる。 「お前がラドラム・シャーか?」  ラクダをおりて、ペットに手を貸し抱きおろしながら、男は訊ねる。ブラウンがかっていたが、プラチナと似たような長い髪の男だった。 「ああ。金は耳揃えて払うから、そのペットを売ってくれ」  男は、手を繋いだ揃いのサングラスのプラチナを見て、軽く口笛を吹く。 「そいつもペットか? 好き者だな。こいつは上玉だ、保証する」  男が意味ありげに笑って、リードを渡そうとするが、ペットは男から離れたがらなかった。 「キャイン」 「大丈夫だ、今度はあっちの若いのに可愛がって貰え。金持ちだぞ。きっと餌も美味いだろう」  それでも離れたがらないペットに、男は頬に一つキスをした。 「ギッ……!」 「ラドラム、血圧が急激に上がりました。落ち着いてください」 「これが……落ち着いていられるかっ! 寄越せ!!」  連邦ドルの札束を男の顔に投げ付け、嫌がるペットを引きずって、ラドラムは宿屋の一室に帰った。 「どうしたのラド、顔が真っ赤ヨォ」 「ある行為を目にして、ラドラムの血圧が急上昇しました」 「ある行為って?」  プラチナとラドラムの口から、ほぼ同時に言葉が飛び出した。 「キスです」 「言うなっ!」  ラドラムがこの世の終わりみたいな顔をして、しばし沈黙がおりた。 「……くっ」  最初に静寂を破ったのは、ロディだった。堪えきれずに、肩を震わせて大笑いする。  反して、マリリンは気の毒そうに眉尻を下げた。 「アラ。犬に噛まれたと思って忘れるのヨ、ラド。ペットはペット、アンタはアンタなんだから」  へなへなとラドラムはベッドに腰掛けた。 「哀れむな。いっそ笑ってくれ……」 「キスとは、親愛の情を示す行為ではないのですか? 先ほどの飼い主と私とは、外見の類似点が二十八カ所ほどありましたが、ラドラムは私とキスするのは、やっぱり嫌なのでしょうか?」  ロディがベッドに倒れ込んで悶え笑った。 「プラチナ。今は、そっとしておいてあげて頂戴」 「だから、哀れむなって……」  プラチナはマリリンに言われた通り、口を閉じてそっとラドラムと同じベッドの隣に腰掛けた。 「……寝る」  これが悪夢なら、逆に寝てしまえばいい。ラドラムはそんな風に思って、ふて寝した。 「おやすみなさい、ラドラム」  だがどんな時も、その言葉はラドラムの安眠毛布だった。  慣れぬラクダ移動での疲労と条件反射で、ラドラムは眠りに落ちた。  声を殺してまだ笑っているロディの尻をマリリンが蹴り上げて、気を利かせて二人を残して部屋を出ていった。 「フォー、アンタは今からフォーヨ。いらっしゃい、フォー」 「クゥン……」     *    *    * 「プロト……会いたい……」  仄明るく輝く水晶珠の前で、シーアが両手で顔を覆って泣いていた。  ぽっかりと白い空間の斜め後ろに、ラドラムは立っている。  ハッと右手を見たが、そこにプラチナは繋がれていなかった。 「プロト……プロト……」  あまりにシーアが泣きじゃくるので、思わずスッと腕が伸びた。肩に手をかけ、優しく囁く。 「大丈夫だ、シーア。俺が必ず見付けるから。……プロトっていうのか? 探してる奴」 「そうよ……プロト……試作品(プロトタイプ)」 「プロトタイプ?」 「ええ、プロトは、カイン・ベルナールのプロトタイプ・クローンなの……。私は透視者セリーナ・マイフィーのクローン、S-511。アルファベットを順に当てはめて、S-EAA(シーア)よ。ラボで一緒に育ったわ。沢山の兄弟がいた……」 「研究所ってのは、何処にある? 他の兄弟は?」 「クローン法が出来てすぐ……連邦軍は、一番状態のいい個体だけを残して、私たちを消去(デリータ)しようとしたの……。プロトは、デリータ対象だった。それで、怒って……研究所を、吹き飛ばしたの……凄い爆発で……何も残らなかった。助かったのは、私だけ。今でも、プロトが怒ってるのが聞こえるわ。地下三層に残った、小さな秘密研究室(シークレット・ラボ)から……」 「居場所は分かってるんだな」 「ええ」 「何で、プロトは今でも怒ってるんだ?」 「私が探してるから……私にはプロトの声が聞こえるけど、身体の半分以上が機械になってしまったプロトには、私の声が聞こえないの。プロト、私が連邦軍に密告するんだと思って、怒ってるの……私は……プロトに会いたいだけなのに……」 「そうか。前に、『探されるのを拒否する奴』って占ってくれたのは、プロトなんだな」 「そう……思い出してラドラム。私が何と言ったかを。思い出して……思い出して……」  透明な雫が水晶珠に落ちると、急速に空間がそこに集約されて小さな光の点になった。ラドラムはその点を通って、闇から明るい方へと吸い出された。

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