25 / 40

第5章 人間狩り(3)

    *    *    * 「リィザ・ウェールはどうなった?」  救難活動の為にコロニーの周りに沢山集まった宇宙船の中の一隻で、『Anti-Human Hunting Organization』、通称『反人間狩り団体(A.H.H.O.)』の副代表ニック・ヴェルスは、コロニー内の同志と星間映話で話していた。  画面の向こうでは、男が苦々しい顔で話す。 『奇跡的に、かすり傷で済んだらしい。病院でも、威張り散らしているようだ』  ニックは天敵の無事の知らせに、顔を顰めた。 「悪運のいい奴だな。ペットはどうなってる」 『被害を受けた地区の最前線にシェルターを作り、今の所三百人強、保護してる。うち約五十人がウェールのペットだ。ウェールの紋章の入った、宝石付きの首輪をしてる』 「何て悪趣味なんだ……」  A.H.H.O.は、『人間をペットにする』、ひいては『人間狩り』に反対する、各主要惑星に支部をおく大々的な組織だった。  連邦法でも人間狩りは禁止されているが、辺境の惑星やコロニーでは連邦の目が届かないのをいい事に、いまだに狩りが行われ、ブルジョア層に売り飛ばす行為が横行している。  A.H.H.O.はそれを監視し、人間狩りで売られたペットを保護し、社会復帰の為の支援を行っていた。一度飼われたペットはよほど意思の強い人間でないと、三食昼寝付きの生活に溺れて自立を拒否する事例が少なくない。  定期的に、散歩されているペットを一斉調査し『人間狩り』にあったペットを保護したり、『人間狩り』を生業としているハンターを通報・摘発したりするのが、A.H.H.O.の活動実態だった。  だが組織が大きくなり過ぎて一枚岩ではなく、何の調査もせず強引に庭先のペットを一方的に保護したり、ペットの飼い主の顔写真を含めた個人情報を公表したり、時には飼い主に危害を加えたりする過激派も居て、A.H.H.O.と聞いて眉を顰める者もいるのが現状だった。  ニックは、同志に今後の方針を語った。 「リィザ・ウェールのペットを優先的に保護してくれ。まだまだ居る筈だ。『人間狩り』の証拠をあげて、奴を刑務所送りにしてやろう」 『了解した。引き続き保護を進めるから、物資の調達を頼む』 「ああ」  通信は切れた。  ニックは船のA.I.に命じた。 「A.H.H.O.本部に通信」  ピン、と音を立てて回線がすぐに開いた。 『ヴェルスか』 「はい、代表」 『ニュースはチェックしているが、ペットの事は殆ど報道されていない。状況はどうなっている』 「三百人強を保護しました。被害を受けたのが富裕層の地区で、ペット被害もより甚大だと思われます。連邦軍や星間レスキューは、ペットの救出は後回しにしている為、我々はペット優先に救出活動を続けます」 『そうだな。一人でも多くのペットを保護してくれ』 「はい、分かりました」  ニックはメインスクリーンに、コロニーから次々と送られてくる保護されたペットのデータを見ながら、必要な物資や食料の調達の手筈を調えた。     *    *    *  一行がクリスティンの元を訪れたのは、通信から三時間後の事だった。  宇宙港からクリスティンの家まではホバーカーで一時間半ほどだったが、まだ混乱と混雑の続くコロニーにあって、レンタル・ホバーカーを用意するのに時間がかかり、結局店舗から災害を免れた中古のホバーカーを譲って貰って、辿り着いたのだった。  ややこしいが、壊れたプラチナのボディは、長い黒髪のウィッグで変装した銀髪のプラチナが軽々と抱き上げ運んでいる。  惑星ヒューリで、シーアを連れだした事から指名手配される可能性を考えての、安全策だった。 「やあ、クリス。遅れて悪かった」 「ううん。そんなに待ってないよ、ラド」  クリスティンの家は、隕石衝突の衝撃で強化ガラスが吹き飛び無残にひしゃげていたが、頑丈に作られた工場(こうば)は、奇跡のように無傷で残っていた。これなら、仕事に支障はないだろう。 「これは、前金と見舞金だ。受け取ってくれ」 「えっ……前金は貰うけど、見舞金なんて僕、要らないよ。他にも親を亡くした子が、沢山いるもの」  ラドラムはその高潔な物言いに、僅かに微笑んだ。 「そう言うと思ったよ、クリス。これは、圧縮食料キューブだ。三ヶ月分ある。これなら、みんなで分けられるだろ?」 「うん。……うん、ありがとう、ラド」  水をかければ食べられる、二センチ角ほどに圧縮された保存食のキューブを入れたレスキューキットを渡すと、クリスティンは手を差し出した。 「あっ、ごめん……汚れてるから……」  男とは握手もしないラドラムが、一瞬逡巡したのに目敏く気付き、クリスティンは自戒して手を引っ込める。  それはほんの一瞬の出来事だったから、あるいはロディが言ったように、何らかのE.S.P.が備わっているのかもしれなかった。 「いや、悪い。お前のせいじゃないんだ。俺は、男とは握手もしない主義でな。でもお前は家族(ファミリー)だ。悪かった、握手してくれ、クリス」  そっとクリスティンが手を差し出すと、力強くラドラムが引き寄せるようにして、両手でそれを包み込んだ。  クリスティンは気恥ずかしそうに、頬を僅かに赤らめる。  手が離されると、その感情を隠すように、すぐに仕事の話を持ち出した。 「直すのは、そのメールタイプ?」 「ああ。プラチナ」 「はい、ラドラム」  声をかけるとプラチナが、壊れたボディを作業台の上に寝かせる。  クリスティンがその瞼を開かせると、まるで人間の診察のようにルーペで人工眼球を覗き込んだ。 「ああ……細かい砂の粒子がついてる。鼻や耳からも、大量に入った筈だ。普通の砂じゃない、フェムトメートル単位の砂だから、きっと奥まで入り込んでるよ」 「三日で何とかなるか?」 「うん。大丈夫だよ。これは、貴方のボディ?」  アンドロイド工らしく、クリスティンはプラチナにも敬意をもって話しかけた。 「はい、クリスティン。私のオリジナルのボディです」 「最後のバージョンアップが六年前みたいだけど、最新にする?」  クリスティンは、ラドラムとプラチナを交互に見て訊ねる。  そう言えば、ミハイルは二~三年に一度、ブラックレオパード号をバージョンアップさせていた。  その時に、ヒューマンタイプのプラチナも、最新式に変えていたのだろう。 「ああ。そうしてくれ。それでいいな、プラチナ」 「はい。バージョンアップすれば、もっと貴方を助けられるかもしれません、ラドラム」 「決まりだ。三日後の夕方に迎えにくる」

ともだちにシェアしよう!