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第5章 人間狩り(2)

    *    *    *  コロニー内で一番大きい総合病院の廊下で、リィザ・ウェールは目を覚ました。  辺りはざわざわと人いきれで溢れ返り、鼻先で白衣の裾を翻して、ドクターたちが歩き回っている。  身体中が擦過傷(さっかしょう)で痛んだがそんな事よりリィザは、自分が廊下の片隅に横たえられていて専属のドクターもバトラーも控えていなく、頭上を他人が通り過ぎる事に(いか)って大声を張り上げた。 「ちょいと! あたしの専属医(ドクター)は何処だい? バトラーは? シェフは!?」  その人ゴミの中でもよく通るハスキーな大声に、近くを歩いていた女性看護師(ナース)が、しゃがみ込んで彼女の顔を見て小さく驚きの声を漏らした。 「これは、ミス・ウェール。申し訳ありませんが、隕石衝突事故で、死傷者が多数出ています。優先度順に治療していますので、しばらくお静かにお待ちください」  リィザは、ブルジョア層の集まるこの巨大コロニーの、女帝だった。  『リィザのものは影でも踏むな』  このコロニー内では、本人でさえ知っている教訓だった。そのリィザが、シーツもない不潔な廊下に放置されているなんて!  彼女は、顔を真っ赤にしてますます声を大にした。 「あたしゃ、リィザ・ウェールだよ! 金に糸目はつけないから、今すぐ清潔なベッドにお運び!」 「ミス・ウェール。死傷者が、四万人を超えているんです。大きな怪我もなく、病院に居る幸運を喜んでください。あまり大声を上げますと、他の重症患者さんの(さわ)りになると、外に運び出されてしまいますよ」  そう言うと、まだ年若いナースはサッと立ち上がって行ってしまった。  リィザは顔を真っ赤にしたまま、その顔が見えなくなるまで、アンバーの瞳で追っていた。  病院を出たら、あいつをクビにしてやろう。そう、このコロニーから追い出すんだ!  そう決めて、奥歯をぎりりと噛み締めながら、ヴァイオレットに染めた短髪の下の大きなピアスをシャラシャラと震わせていた。     *    *    * 「こいつは酷い……」  メインスクリーンに映し出されたスペースコロニーは、惨状を呈していた。  ブルジョア層の集まるコロニーの、特に資産家が住む地区を重点的に、いくつも穴が開いている。  周辺には、宇宙ゴミとなった破片が、無数に散らばり漂っていた。  事故から三日が経っていたからか、人の姿は見えなかったが、事故直後には吸い出された人間も宇宙ゴミに混じっていた事だろう。  開いた穴には、誰が考えたものか、小型戦闘機が大量に取り付いて、不時着時のエアバッグやパラシュートを広げ、一時的に塞いでいた。 「思ったより、ひでぇな。まともに動けるアンドロイド工が居るといいけどな」 「今、片っ端から映話してる所。やっぱり、映話が壊れてる所が多いみたいネ」  次の瞬間、ピン、と星間映話が繋がった音がした。 「こちら、ブラックレオパード号。今、衛星軌道上にいるんだけど、大変だったワネ。そちらはご無事?」  しばらくは映像が乱れていたがやがて像を結ぶと、十代半ばの紅顔、と言って良いストレートブロンドの美少年が映った。 「アラ。アンドロイドを直して欲しいんだけど……お店をやっているのは、お父さんかお母さん?」  少し間があった後、 『……僕だよ』  と、返事が返ってきた。 「アラ」  確かに、若くして各方面に突出した才能を見せる天才児は居たが、マリリンは一瞬の間を見逃さなかった。少年は、その一瞬、目を逸らしたのだ。女の勘が、それは嘘だと言っていた。 「坊や、嘘は駄目ヨ。緊急事態なのが分かるデショ? アンドロイドを直して、コロニー修繕に役立てたいの」 『……父さんも母さんも、死んだよ。でも僕、父さんの跡を継ぐって決めて、小さい頃からアンドロイドを直してたから、出来るよ!』  少年はムキになってやや声を高くした。 「まあ……それはお気の毒だったワネ」  マリリンが、心底同情して悲しんだ。  だが、プラチナのボディを託すとなれば、話は違う。辛抱強く、マリリンは少年を説得した。 「でも、コロニー事故基金があるワ。そこに連絡すれば、成人するまで無償で面倒みて貰えるのヨ。待って。映話コード、教えてあげる」 『僕、出来るよ!!』  しかし少年は譲らなかった。悲しみより、怒りに近い口調だった。 「でも……」 「マリリン。代わってください」 「え? ええ……」  通信士の席に、マリリンに変わって銀髪のプラチナが座った。 「私は、pt-56001。この船のA.I.です。私のスペックが分かりますか?」  少年はプラチナを睨み付けるように眺めたあと、迷いなく口にした。 『汎用人工知能Team AGIバージョンに、セクソイド機能をオプションでつけてる。今はセクスレスタイプだけど、本当はオプションなしのメールタイプじゃない? 惑星ソジレ産』 「生産地とバージョンは、私の人工眼球をズームすれば暗号化して記載してありますが、なぜオプションやタイプまで?」 『セクソイド機能をつけると、顎がややさがって、上目遣いになるんだ。でも、貴方は意思の力でそれを抑え込んでいるような感じがするし、語尾の下げ方がメールタイプだから。……でも人工声帯から、しばらくの間、音声を変えてたような、揺らぎが聞こえる』  ロディが、感嘆の声を上げた。 「すげぇな。エスパー並だぜ」 「ラドラム。彼は、アンドロイド工学を、プロフェサー並に熟知しています。彼なら、大丈夫です」 「プラチナがそう言うんなら、間違いないな。任せよう」  両親を十代でなくした自分自身と重ね合わせて、ラドラムは優しい目をして、悲しみを堪えている少年に尋ねた。 「俺は、ラドラム・シャー。名前は?」 『クリスティン。クリスティン・アーガ』 「よろしく、クリス。俺の事はラドって呼んでくれて構わない」 『……うん。ラド』  少し照れたように、映話画面の向こうでもじもじと指を組み合わせるクリスティンに、ラドラムは笑って言った。 「頼りにしてるぜ、クリス。今、お前の所にアンドロイドを一体連れていくから、直して欲しい。砂が入ったらしいんだ」 『だったら、一回全部解体して細かく砂を掃わないと、またおかしくなるよ』 「どのくらいかかる?」 『全部だと、三日くらい』 「分かった。連れていく。前金を払うから、足りない道具があったら、それで買って徹底的にやってくれ」 『……うん。僕……僕、六歳の時に、アンドロイドを解体組み立てした事あるんだ。頑張って直すよ!』  生き甲斐を見付けたクリスティンの顔は、最初に見た時の暗い陰が嘘のように晴れていた。 「ああ、頼むよ、クリス」 『うん、僕、待ってるよ。ラド』  ことさらラドラムは、少年の名前を親しく呼んで映話を閉じた。  両親を亡くして一人で家業を継いで生きていく覚悟をした少年の名前を、親しく呼ぶ友は減るだろう。あるいは、すでに亡くしているかもしれない。 『ラドラム。ご飯が出来ました』  ポンと頭の中に、プラチナの優しい女声が蘇った。プラチナが居なければ、自分の人生は大きく変わっていただろう。  そう思うと、他人事とは思えなくて、ラドラムはクリスティンの名前を沢山呼ぼうと思うのだった。

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