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第5章 人間狩り(1)

 惑星ヒューリを出るブラックレオパード号を操縦したのは、銀髪のプラチナだった。 「ラドラム、何処へ向かいますか?」  いつもは遥か高みから発される青年の声音が、低い位置から、少年とも少女ともつかぬ中性的な声音で訊かれる事に、ラドラムは違和感を覚えていた。  元はメールタイプのプラチナに、嫌悪とも言える違和感を覚えていたラドラムだったが、いざこうなってみると、すでに慣れ親しんだプラチナの声が懐かしかった。 「まず、お前のボディを直さなけりゃいけない。近くに、精度がよくて、空いてるアンドロイド修理工はあるか」  だがキャプテンシートに座ってタッチパネルに足をかけたラドラムが、訝しんで顔を上げるほど間があって、プラチナは囁いた。 「……ラドラム。私はこのままでも構いませんが」 「あ?」 「ラドラムがこのボディを見た時、心拍数が僅かに上昇しました。男性が、美しい女性を見た時と同様の反応です。私は……ラドラムが愛してくれる方のボディを選びます」  重大な事をさらりと言って、オリジナルの精悍なプラチナの顔とは違う、何処か蠱惑的(こわくてき)な唇で妖艶に笑う。  確かに、初めてこのボディを見た時は、見かけの美しさに惑わされた。  だが今は、そんな表情を見せるプラチナに、今までにない大きな違和感を感じていた。 「馬鹿。お前は、そんな簡単な理由で、自分を捨てるのか」 「簡単ではありません。私にとっては、重要な問題です。貴方が愛してくれるなら、フィメールタイプのボディに移行してもいいと思っています」  ラドラムは、ほうっと息をついた。 「……お前にとっては、ボディにその程度の執着しかないかもしれないが、人間にとっては重要な問題なんだ……」 「では、オリジナルのボディに戻っても、私を愛してくれますか?」  内心、ラドラムは困惑していた。A.I.が、これほど『愛される事』に執着を見せるだろうか。  命じても触れ合ってもいないのに、自分の意思でラドラムの心拍数を計っていた事も、疑問に思えた。  だがプラチナは、笑みを消して、人工眼球の視線をジッと注いでラドラムの答えを待っている。 「プラチナ、ペットたちがお腹空いたって! ご飯出してあげて頂戴」  人間として必要最低限の知識しか入力インプットされていないペットたちは、目を離すと好奇心から何をしでかすか分からないので、艦橋は一気に賑やかになっていた。  四人の、ラドラムと同じ顔を持った違法クローンたちは、『ご飯』という単語に反応して、マリリンに群がる。 「待って、待って頂戴。今、プラチナがご飯温めてくれるから」  擦り寄ってくるペットたちに、マリリンはいささか辟易気味だった。動物は好きだが、ブルジョア層に流行りの『人間をペットにする』という趣味は、どうにも理解が出来ない。  しかし、この世に生を受けた命だ。殺してしまう訳にもいかず、取り敢えずは船の中で飼っているのだった。 「はい、マリリン。四人分の食事を温めます」  ラドラムから目を逸らし、同調(シンクロ)している船の艦橋内の調理器に命令を伝達する。  ラドラムがホッとして、マリリンと目を合わせた。ウインクして、マリリンは目配せする。    惑星イオテスに居た間、閲覧出来なかった星間ニュースを、メインスクリーンでチェックする作業に戻る。  『スペースコロニー、ペガサス・ウィングスに隕石衝突』の見出しが現れたのは、その時だった。 「詳細(ディテール)」  反射的に口をつく。 『スペースコロニー、ペガサス・ウィングスに隕石が衝突したのは、連邦標準時四月九日午前二時二十六分。深夜の為、多くの住民が就寝中で逃げ遅れ、被害は拡大。死亡者一万九千二百一人、負傷者二万三千六百三十二人、行方不明者五千二十九人。連邦政府によると、接近中の隕石が事前に観測されていなかった事から、投石の可能性もあるとみて、事件・事故の両面から調査中……』 「各リストに、ミハイル・シャーの名前はあるか」 『解析中……解析中……現在、死亡・負傷・行方不明各リストに、ミハイル・シャーという名前はありません』  ラドラムは、複雑な表情でその答えを受け取った。  その中に名前がなかった事で、安心する事も出来ない。空虚な思いが、空回りするだけだった。  父ミハイルとは、ラドラムが十七歳の時、ペガサス・ウィングスに立ち寄った際ふらりと出かけて、それっきりだった。  二人きりで便利屋を営んでいた為、充分な蓄えもなく、サーチャーを雇う余裕もない。  それなら、とラドラムは、便利屋の経験を活かし、家業を続けながらしばらく自力で探していたのだった。  そのコロニーが、大破しているという。  おりしも、ペガサス・ウィングスは、アンドロイド・サイボーグ化が進んだコロニーで、優秀なアンドロイド工が沢山居た。  今は、宇宙空間でも作業の出来るアンドロイドが、一体でも多く欲しいだろう。オリジナルのプラチナを持ち込めば、喜んで修理してくれる筈だった。  艦橋の片隅にテーブルと椅子をせり出させて、ペットに食事を与えているプラチナの小柄な背に、声をかける。 「プラチナ! 行き先は決まった。コロニー、ペガサス・ウィングスだ!」 「はい、ラドラム。ミハイルが降りたコロニーですね」  プラチナは、ミハイルが『行方不明』だという認識が曖昧だ。ただ『降りた』のだと思っている節がある。  ラドラムも、敢えてその言葉を使わなかった。いつかきっと、帰ってくると信じて。  そしていつしか、クルーを抱え、無意識にミハイルを探す事を諦めていた。  今度こそ、手がかりを探し出す。そう密かに決意して、ラドラムはメインスクリーンの記事を紙に出力(アウトプット)してジャケットのポケットにしまったのだった。

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