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第4章 Dead or Alive(7)
* * *
「取り敢えず、オレがラクダの所までプラチナを担いでいってやるよ」
沈痛な面持ちで、ベッドに突っ伏しているプラチナを見下ろしてロディが腕を組む。
「ラド、まだ死んじゃったって決まったわけじゃないワ。最善を尽くしマショ」
マリリンは、プラチナが『壊れた』とは言わなかった。茫然自失に虚ろな目をプラチナに注いでいるラドラムへの、最大限の配慮だった。
ラドラムの脳裏で、走馬燈のように、ヒューマンタイプのプラチナとの出会いからが蘇る。
しばしあって、ハッと思い出す。『夢』を見た事を。
『思い出して……』
シーアは、そう言っていた。
「シーア、なんて言ってたか覚えてるか?」
「えっ? レディ・キューピッド?」
「ああ。流星群が何とか……」
マリリンがラピスラズリの視線を彷徨わせて考えた。
「えーっと……確か、『一つ一つの星に気を取られる事なく、夜空に心を向けろ』とかだったと思うワ」
「それだ!」
「え? どれ?」
「ペットの回収に気を取られてないで、本来の『探す』事に集中するんだ」
「でもお前さんたち、繋がったままだぜ。プラチナがこれじゃ、動けねぇ」
「ア……ゥア……」
そこへ、キトゥンが手を伸ばした。
「駄目ヨ、キトゥン。危ないの」
「ダ! ア!」
だがキトゥンは、マリリンの腕を振り払って再び手を伸ばした。
キトゥンが理由もなしにマリリンに反抗する事など、ないように思われた。
「キトゥン……何がしたいんだ?」
キトゥンは真ん丸の瞳を、ラドラムの目と連邦錠に往復させた。
「まさか……外せるのか?」
「ア!」
力強く言って、キトゥンは三たび手を伸ばした。
思えば、この惑星についたばかりの時も、キトゥンはそれに触れようとしていた。
手首と手首を繋ぐ、極彩色に輝く紐を掴むと、キトゥンはしばらく握っていた。
もう何も起こらないんじゃないかとみなが思い始めた頃、呆気なくそれは輝きを失った。ただの紐に戻り、ぱらりと腕から外れる。
思わず、わっと歓声が上がった。
興味深そうに見ていたペットたちも、飼い主の歓喜に反応して笑顔を見せる。
「凄いなキトゥン……! そう言えばプラチナが、電子的周波数がどうとか言ってたな。サンキュ」
わしわしと、綿毛の白い頭を撫でると、キトゥンも嬉しそうに鳴き声を上げた。
「……んん?」
「なぁに、ラド」
撫でた手を開いてみると、綿毛が幾らか抜け落ちていた。
「これ……デデンで見たイエティみたいに、毛が生え変わるんじゃないのか?」
「そうネ。大人のイエティって、長くて白い毛だったワネ。ブラッシングもしなきゃ!」
そしてふとまた、ラドラムが思い付いて言った。
「……なあ、今の船にも、ヒューマンタイプのボディが、どっかにあったりしないか」
「ああ。乗ってると思うぜ。セクスレスタイプのが」
「いったん、プラチナのA.I.をそっちに移したら、丸くおさまるんじゃないか?」
「冴えてるな、ラド。いい考えだ」
「プラチナは俺が運ぶ。今まで世話になってきた、せめてもの礼だ」
連邦平均身長よりは幾分か小柄なラドラムだったが、その身体は引き締まって実戦に耐えるだけの筋肉がついている。
全員ローブとサングラスをつけ、ラドラムがプラチナを背負って街の出口まで連れていった。
人情深い辺境の人々は、口々に医者を呼べと忠告してくれたが、一行は笑顔でそれを断った。
船に戻るとすぐにロディが、ヒューマンタイプのボディのありかを見付け、あとはこの船のA.I.に訊きながら、移行作業を行った。
「お待たせしました」
少年のような少女のような涼やかな声がしたかと思うと、艦橋の自動ドアが開いて、プラチナが入ってきた。
身長はラドラムと同程度、顔つきは何処か妖艶で、シルバーの短髪にグレーのボディスーツだった。
「ラドラム。声はこのままで良いですか? メールタイプに戻しましょうか?」
一同、その変わりように、言葉を失っていた。
ワンだけが、いつか撫でて貰った事を覚えていて、頬を擦り付けてそれを強請った。
「ああ、ワン……。貴方には分かるのですね」
耳の後ろをかいてやる。
「……ラドラム? どうしますか?」
「あ?」
「声です」
開いていた口を閉じ、慌ててラドラムが言った。
「あ、ああ。そのままでいい。一時的なものだしな」
冷静を装ってキャプテンシートに沈んだが、得体の知れぬ感情に、心はざわざわと騒いでいた。
「プラチナ。惑星ヒューリまで、あと何分だ」
「はい、ラドラム。四十九分三十三秒です」
「ハイパードライヴから抜けても、ステルスシールドは外すな」
そして、タッチパネルに足を乗せ、いつものように言い置いた。
「俺は寝る。おやすみ、プラチナ」
「おやすみなさい、ラドラム」
動揺は一瞬で、その柔らかい言葉は、確かにいつものプラチナだった。
ラドラムは、ほっとひと息安堵して、深い眠りの淵に落ちていった。
* * *
その後、エンジェルズ・オラクルを、子供を抱いた女が一人、訪れた。
「これに触ってください」
と、拳大の布包みを出す。
「貴方は……」
「シッ。早く」
シーアがカーテンの向こうから手だけを覗かせて、それに触れた。
――S-511。お前は俺を憎んでいるのか。兄弟たちも、博士プロフェサーたちも殺したから……。
いつものように、プロトの声が聞こえてくる。
だが、胸に抱かれた子供の手がその上から重なると、不思議な感覚に包まれた。
一方的に彼の背中を見ていた景色から、ふいとプロトが振り返った。
――S-511?
メタリックな継ぎ接ぎの顔に、初めて『驚き』という感情が生まれた。
――プロト。会いたい……連邦軍に密告なんかしないわ。会いたいだけなの。……愛してるの。
――……シーア。
――そう呼んでくれたの、十年ぶりね。
暖かい感覚が広がって、二人の心は通い合った。
「さあ、シーア。掴まっていてください」
「キャッ」
女は、シーアを抱き上げたかと思うと、エレベーターに滑り込んだ。ドアが閉まる際、シーアを呼ぶ怒声が聞こえたが、誰も彼女には追い付けなかった。
超高層ビルから一転して、女は地下三層行きのエレベーターに乗る。
「こっちよ」
するとシーアは、先に立って駆け出した。歩く事さえ滅多にない生活を送っていた為、汗の珠 がシーアの額に結晶する。
やがて袋小路の路地裏に着くと、息を弾ませて細い一本道に飛び込んだ。
「手を。壁に当てて」
女は言われた通り、布包みを開いて行き止まりの壁の中央に押し当てた。掌紋認証の入り口が、足下でスライドする。
シーアはローブに足を取られながらも、懸命にハシゴを下りていった。
「シーア……!」
「プロト! プロトタイプ!」
少女が駆け寄って、立ち尽くす青年の腰の辺りに縋り付く。
子供は望めなかったが、STEP細胞の投与をやめれば、少女は少しづつ大人になっていくだろう。
戸惑うプロトと涙するシーアを見守って、彼女は僅かに微笑んだ。
「シーア。発信機はどれですか?」
「あ……これ、全部よ。ネックレスとブレスレット」
「じっとしていてください」
女は、その細腕からは想像も出来ない力で、その全てを引き千切った。
「これは、各層にバラバラに捨ててきます。安心してください」
「ありがとう。ありがとう、プラチナ……!」
名乗る前に、シーアは看破してみせた。
プラチナは各層を巡った後、その足で、連邦警察に向かう。
ラドラムが、賞金首にハメられた事、彼を倒した事を話し、その証拠として『手』を提出した。多額の懸賞金を、プラチナは連邦ドルで受け取った。
連邦警察は納得し、公表しようとしていた、ラドラムのウォンテッドの貼り紙を分解機 にかける。
その後、S-511をさらっていった銀髪の女のウォンテッドが公表されたが、その女の目撃情報は、それ以来一度も寄せられる事はなかったという。
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