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第6章 恋の季節(5)

 初めて、リィザから通信が入る。 『あたしの船から離れな! じゃないとロッキーの顔に傷がつくよ!』  映話には、蹲るロディの顔に、バチバチと火花を散らす電磁鞭を突きつけたリィザが映った。  首輪により逆らう気力がないのか、ロディは背中に足をかけられても、ただ黙ってうな垂れている。 「エンジンも武器もなくなって、どうするつもりだ? 今ならまだ、人間狩りだけの罪で済むかもしれないぜ」 『お黙り! あんたの船を寄こしな。あたしゃ、リィザ・ウェールだよ!』  それでもまだリィザは、『リィザ・ウェール』というブランドに価値を見出していた。  使用人もSPも居ない、たった一人のペットを連れた宇宙空間で。 「……分かった。じゃあ、スペーススーツを着な。俺の船をやる」 『あんたたちが船を出る方が最初だよ! 小細工したら、ロッキーにこいつを押し当ててやるんだから』 「待て。分かったから、落ち着け。ゆっくり話し合おう」  ラドラムは映話画面に向かって、掌を挙げてみせた。降参の証だった。 「連邦警察には、お前の事は言わない。ただ、ロディを返してくれればいい。後は、辺境の別荘にでも行って、ゆっくり暮せばいい。また使用人を山ほど雇うだけの金はあるんだろう?」  饒舌に語るラドラムに、リィザが得意げに言った。 『ああ、あんたらとは違うんだ。何処に行ったって、あたしはリィザ・ウェールなんだから』 「ああ、お前には負けた。金の力には勝てない。お前がリィザ・ウェールである限り、俺たちに勝ち目はない」  リィザは勝ち誇って高く笑った。 『やっと分かったようだね。あたしがリィザ・ウェールだって事を……』 「ガウッ」  その時、すっかりリィザに屈していたと思われたロディが、リィザの腕に噛みついた。 『プラチナ!』  リィザの船の艦橋に、鋭くラドラムの声が響いた。 「このっ……!」  反射的にリィザが鞭を振り下ろす。  だがロディは、もう苦鳴を漏らさなかった。  艦橋の自動扉が開いて、エンジン口から進入したプラチナが滑り込んでくる。 「ロディ!」  素早くリィザの手を捻りあげてロディから離し、鞭を奪って手の届かない所へ蹴り飛ばす。  プラチナのあまりにも強靭な力に、リィザは苦痛を訴えて喚いたが、プラチナは粛々と後ろ手に手錠をかけた。  床にリィザを転がすと、すぐさまロディに駆け寄る。 「ロディ、大丈夫ですか」 「バウ!」 「ああ……首輪ですね。今、外します」  そう言うとプラチナは、脅威的な力で強靭な強化ファイバー繊維で編まれた首輪を引き千切った。  ロディの左頬には、最高出力で押し当てられた、電磁鞭の痕が一筋残っていた。 「助かった、プラチナ。ありがとよ」 「どういたしまして」 『ロディ! 無事か!』  ロディは、リィザの船のキャプテンシートに座った。その痛々しい傷跡を見て、マリリンが我が事のように悲鳴を上げる。 『ロディ! 傷……!』 「ああ、これくらい、何て事ねぇ。かえってハクがつく。助けに来てくれて、ありがとよ」 『無事で良かった、ロディ。すぐに手当てをしよう。スペーススーツを着て、プラチナに掴まってきてくれ』 「分かった。あいつは連れてくか?」 『ああ、そいつはそのままにしておけ。すぐに連邦警察がくる』  そして通信を切ると、 「ワン、ツー、スリー、フォー、聞こえるか。連邦警察が来る。ステルスシールドを張って離れててくれ」  ラドラムの声で、四人分の返事が返る。  公海には、ブラックレオパード号と、リィザの真っ白な船と、ジュールの大型船だけが残った。  間もなく連邦警察の船が二隻、やってきた。  一隻はリィザの、もう一隻はニックの船に『網』をかける。  叫ぶような通信が入った。 『おい! 協力したじゃないか、なぜ私まで逮捕される!?』 「ハッタリだったって事さ。四万人以上の死傷者の命を償え」 『嘘だ! 私が捕まるなんて、A.H.H.O.の活動に大きな支障が……』 『動くな!』 『手を挙げろ!』 『私は、A.H.H.O.の副代表だぞ! こんな事が許されるとでも……』  つけっ放しの映話からは、艦橋になだれ込んでくる連邦警察と、パラライズ銃で撃たれ気絶し引きずられていくニックの姿が見てとれた。  リィザの船でも同じような状況だろう。  ピン、と通信が割って入り、マリリンが出た。 「こちら、ブラックレオパード号」 『連邦警察だ。リィザ・ウェールの人間狩りの証拠があるとは、本当か』 「ええ。アタシたちの船のクルーが、ペットにされたの。救出したから、あとで証言するワ。怪我してるから、まずは手当てが優先ヨ」 『了解した』  通信が切れると、プラチナに肩を貸されてロディが入ってきた。 「ロディ!」  真っ先にマリリンが駆け寄って、ロディの胸に飛び込んだ。 「ロディの馬鹿! どんだけ心配したと思ってんのヨ!」  涙声でその逞しい胸板を甘く叩く。 「ああ、すまねぇ、みんな。マリリン、心配してくれてありがとよ」 「顔に傷まで作って! 美女には棘があんのヨ、いっつも言ってるでしょ! アタシは……アンタが……アンタが……」 「えっ?」 「あっ?」  ひくっ、とひとつしゃくり上げて、マリリンが身を離し、二人はびっくり眼で顔を見合わせた。  ラドラムもキャプテンシートから振り返り、小さく口笛を吹いて二人を見守る。 「アタシ……。ロディ、何歳だっけ」 「三十一」 「年下だワ!」 「えっ」 「マリリン、そんなにサバ読んでたのか……」  ラドラムが呟いた。 「レディ・キューピッドの占い! 年下ですでに出会ってる男性ひと……。ロディ」  マリリンが、両掌でそっとロディの手を握る。 「マ、マリリン……」  降って湧いたような話に、ロディはやや冷や汗を滲ませていた。ロディは根っからの女好きだ。  だが同じ船のクルーとして苦楽を共にする内に、マリリンに家族のような情は抱いている。  二人は見詰めあったまま、長い事手を握り合っていた。

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