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第6章 恋の季節(6)

    *    *    * 「ラドラム。ワシは、クララと結婚してこのコロニーに残る事にした。良いよな?」 「ああ。おめでとう、親父、クララ。クリス、これで俺たちは兄弟だ」 「うん、ラド!」  一家四人は、笑顔で喜びを分かち合っていた。  他には、プラチナ、キトゥン、ロディが居る。  マリリンだけが船に残っていた。  ペットたちは、それぞれの意思でそれぞれの船に乗っている。  ラドラムがクリスティンに拳を突き出すと、クリスティンもそれに拳を合わせて、嬉しそうに笑った。  離れてしまうとしても、兄弟の絆は永遠に切れる事はない。 「じゃあ、結婚式しようぜ。コロニーがこんな有様だから、ちゃんとした結婚式は出来ないけど、簡単に。プラチナ、牧師やってくれ」 「はい、ラドラム」  オリジナルのボディに戻ったプラチナが、手を取り合う二人の前に進み出て、結婚に対する聖書の教えを暗唱した。  そして、ミハイルとクララに問う。 「その健やかなる時も、病める時も、喜びの時も、悲しみの時も、富める時も、貧しい時も、これを愛し、これを敬い、これを慰め、これを助け、その命ある限り、真心を尽くすことを誓いますか?」  ミハイルは力強く、クララは頬を染めて控えめに、「はい」と宣誓する。 「それでは、指輪はありませんので、誓いのキスで、その宣誓に封印を」  プラチナに言われ、二人は顔を真っ赤にして思わず取り合っていた手を離す。  周りで瓦礫を片付けていた近所の住人も、宣誓の言葉を聞きつけて何人か参列していた。 「あ……あのなプラチナ……」 「誓いの言葉に封印をするのです。恥じる必要はありません、ミハイル」 「お……おう……」  真っ赤になったまま二人はしばらく見詰めあって、ミハイルが僅かに笑った。 「あの……目……閉じてくれんかな、クララ……」 「あら。あらあら。ご、ごめんなさい、ミハイル」  クララが少女のように睫毛を震わせて瞼を閉じると、ミハイルはそっと触れるだけのキスをした。 「ここに二人を夫婦として認めます」  プラチナが言って、見守っていた参列者から、数は少ないが心のこもった拍手が送られた。 「おめでとう、ミハイル、クララ」 「ありがとう、プラチナ」 「ありがとう、皆さん」  小さな結婚式は幕を閉じ、瓦礫の街並みに束の間、寿ぎのうたが流れていた。 「ア……ア!」  だがその神聖な空気の中に、不意にキトゥンの高い声が割って入る。プラチナの胸の前で手脚をばたつかせ、ベビーキャリアの中から自己主張した。 「ああ、はい。分かりました、キトゥン。ご飯にします」  プラチナは背負っていたマザーズリュックを下ろし、もう一人前に通常食を食べるキトゥンの為に、真空パックにされた食事を開き出す。  ミハイルが、不思議そうにその光景を眺めた。 「プラチナ。気になっとったんだが……その子は、誰だ?」 「私とラドラムの子供です」 「へ!?」  プラチナは、以前のラドラムとの会話から、自分たちが親代わりとなって育てているという事を言いたかったのだが、要点をつきすぎて、返って意味が正しく伝わらない。 「プラチナ!」  思わずラドラムが抗議の声を上げたが、プラチナはキトゥンにミートボールを食べさせながら、涼しい声を出す。 「はい、何でしょう」 「そうか……いや、いつお前に、プラチナが本当はメールタイプだって打ち明けようか迷っとったままになってたから、心配だったんだが。おめでとう、ラドラム、プラチナ」 「結婚式はしたのかしら? まだなら、今一緒にしてしまいましょう、ラドラム」  ラドラムは顔を真っ赤に上気させて喚く。 「違う!」 「男の子か? 女の子か?」  ミハイルの質問には、プラチナが答えた。 「女の子です」 「そうか。ワシもとうとう爺様か……ラドラム。ワシはお前が、初恋を成就させて嬉しいぞ」 「だから、違うって言ってるだろ! プラチナ、訂正しろ!」 「正確には、ラドラムがパパで、私がママです」  ミハイルが無精髭を撫でた。 「ほほう。身長差をものともしないとは、豪傑だな、ラドラム」 「違ーう!!」  雨上がりの空に、ラドラムの叫びとキトゥンの笑い声が対照的に響き渡った。     *    *    *  船に帰ると、マリリンがタッチパネルに突っ伏して眠っていた。  ロディへの告白から丸二日、ろくに眠れていないようだったから、限界がきたのだろう。  プラチナが気を利かせて、壁に収納されている引き出しをせり出させると、中から毛布を取り出してその華奢な背中にかけた。  そして、ベビーベッドにキトゥンを寝かせる。  パネルを操作するとメリーゴーランドサークルがくるくると回って、キトゥンは好奇心いっぱいの真ん丸のキトゥン・ブルーでそれを見詰め、捕まえようと頭上に手を伸ばすのだった。  二人と一体の男たちは、微笑ましくそれをしばし見下ろす。  キトゥンはやがて、指をしゃぶりながら目をしぱしぱと瞬かせて、眠そうに欠伸した。  見ていた男たち二人にも、その欠伸が伝染する。 「何だかオレたちも、眠くなってきちまったな」  ロディがぼやく。 「ああ。キトゥンが来てからの一ヶ月、目まぐるしかったからな。少し休んでも、罰は当たらないだろう」  ラドラムも伸びをする。  生欠伸を噛み殺し、ロディが言った。 「じゃ、俺は席でちょっと居眠りする」 「ああ。プラチナ、お前もボディを乗り換えたりして、疲れてるだろう。少しスリープモードに入れ」 「でも……」 「どうした?」 「キトゥンが心配です」 「大丈夫だ。キトゥンも寝てるし、ベビーベッドからは出られない」 「……分かりました。新しいボディにエラーがないか、少しの間セルフチェックします」  ラドラムは定位置、キャプテンシートに座ってタッチパネルに足をかける。 「ああ。おやすみ、プラチナ」 「おやすみなさい、ラドラム」  平穏が訪れた。束の間の。     *    *    * 「ラドラム、起きてください!」  鋭く揺さぶられて目が覚める。表情のない筈の人工眼球が、何処か切羽詰まった色で、上から覗き込んでいた。 「ん……? どうした?」 「セルフチェックで二十分ほど休んだのですが、その間にキトゥンに何かあったようです」 「キトゥン?」 「ベビーベッドを見てください」  まだ夢うつつだったが、ラドラムはすぐにキャプテンシートから下りて、プラチナが促す方へと歩いた。 「……何だこりゃ!?」  いっぺんに目が覚めた。その頓狂な叫びに、クルーたちも目を覚ます。 「……アラ。アタシ、寝ちゃってたのネ」 「何だよラド……寝たばっかだぜ」 「キトゥンが居なくなった! 代わりにこんなもんが……」  すぐに一同は、ベビーベッドの周りに集まった。  そこは、白い粘着質な物体に覆われていた。ベビーベッドと同程度の大きさの、楕円形の塊があり、それが真ん中から割れたように空っぽの中身を覗かせている。 「……(まゆ)?」  マリリンが呟く。  ロディが、落ち着いて自分の席に戻って船内をスキャンした。 「マリリンの部屋のシャワールームが、使用中になってる」 「え? 確かに、あの子をシャワーに入れる時は、いつもそこだったけど」 「じゃあ、キトゥンが使い方を覚えて、入ってるのかもしれない」 「まさか! まだ赤ちゃんヨ。火傷したり、溺れたりしてないカシラ!」  マリリンが慌てて踵を返そうとして、睡眠不足によるものか、よろけてロディに縋り付く。 「おっと」  ロディもしっかりと受け止めたが、目が合うと、ぱっとお互い身を引いた。 「あ、ありがと、ロディ」 「お、おうよ」 「ラドラム。生命反応が艦橋に向かってきます」 「キトゥンだろ?」 「はい。ですが……」  艦橋の自動ドアが開いた。 「ラドラム!」  ラドラムの胸に飛び込んできたのは、白くて長い艶やかな髪をなびかせた、裸体にバスタオルを一枚巻いただけの少女だった。 「なっ!? 誰だお前!?」 「ですから、キトゥンです、ラドラム。彼女は、ボディに著しく変化が見られます。幼体から、成体に成長をとげたものだと思われます」  まだ濡れた髪で、キトゥンはラドラムの胸板に頬擦りする。 「私もう、こんなに大きくなったのよ! 約束通り、お嫁さんにして!!」  その肌は、十七~八歳の瑞々しい白い肌で、シャワーの雫を幾つも肩に弾いて、光らせていた。 「キトゥン!?」 「そうよ。お嫁さんにしてくれる?」  ラドラムは見下ろした少女の胸の膨らみが目に入って、思わず叫んでいた。 「何でもいい! 取り合えず服を着ろ!」 「うん! マリリンママ、服貸して!」 「ア、アタシのじゃ大きいワヨ。新しく買わないと……」 「じゃあ買って! マリリンママが昨日見てた、ウェディングドレスっていうのもね!」 「あっ」 「えっ」  マリリンとロディの目が一瞬合って、互いにぱっと逸らした。 「マリリンママと私、同じウェディングドレスで結婚式するの! 素敵でしょ?」  嬉しそうに手を胸の前で握り合わせるキトゥンに、プラチナが言った。 「ですがキトゥン、ラドラムは言いました。彼は私だけを愛していると」 「駄目よ、約束よ、ラドラム。プラチナママの次に、お嫁さんにして?」 「次?」 「イエティって、一夫多妻制なのネ……」  艦橋に突如訪れた恋の季節に、ラドラムは半顔を覆い天を仰いで呟いた。 「なんてこった……!!」

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