35 / 40
第7章 カトレアの花(1)
ラドラムは、四隻の船を引き連れて、惑星ヒューリに戻っていた。
思い思いに色彩と形を変えた、四人の男を引き連れて、一行は地下三層におりる。
プラチナの案内で、一直線にシーアとプロトの暮らす、シークレット・ラボを目指した。
少しでも歩みに躊躇を見せれば、犯罪に巻き込まれかねない治安だからだ。
細い突き当たりの路地を抜け、プラチナが記憶していた掌紋認証で、床のドアをスライドさせる。
「キャッ」
一階分を飛び降りて中に入ると、十歳くらいの、色素の薄いブロンドを後ろで一つに括って、使い古しのブカブカのローブに身を包んだ少女が声を立てた。
だが先頭のプラチナとラドラムの顔を見ると、胸を押さえてほっと息をつく。
「驚かせて悪い、シーア。プロトは何処だ?」
「ラドラム。今、買い出しに行っています。危険だからって、私はここから出られないの」
「そうか」
その、二人ぼっちの不自由な幸せを思って、ラドラムは目を眇める。シーアは、そんなラドラムに向かって、花開くように微笑んだ。
「また会えて嬉しいです、ラドラムも、皆さんも。プロトが居なくて良かったわ。いきなりドアが開いたら、攻撃しかねないもの、プロト」
「アラ。じゃあアタシたち、隠れてた方がいいんじゃないカシラ」
「ええ、そうですね。マリリン。運命の男性 には会えました?」
一瞬、バチッとロディとマリリンの目が合ったが、お互い気恥ずかしそうに視線を逸らした。
「まあ……そうだったの。おめでとう、マリリン」
聡いシーアは、そこにすぐに意味を見い出す。
「い、いえ、とにかく隠れマショ」
「そ、そうだな」
それはまるで、まだ恋の正体を知らない幼年期の心地のように、二人はぎこちなく会話を交わす。
「こちらへ」
シーアが狭いモニターだらけの仮眠室に案内するが、ふと呟く。
「あら。ラドラム、貴方、星を連れてきてしまったんですね」
「あ? ああ……そうだ。それについて、頼みたい事がある」
シーアが、ふと入り口の方を見た。
「待って。プロトが帰ってきました。説明するから、少し狭いけど、待っていてください」
確かにそこは狭かった。
「おい、足を踏むな」
「仕方ないだろ。こう狭くちゃ」
ラドラムと同じ声音が、口々に不平を訴える。
部屋の外では、男女の声がぼそぼそと聞こえていた。
耳をそばだてていた一同が、扉が開いてなだれ出る。
「いてっ」
「おい、上から退け!」
またかしましく、不平が上がる。
「狭い所に入れちまって、悪かった。あんたには謝らないとと、ずっと思ってたんだ」
「ああ、いや……結果的に助かったから、謝らなくてもいい。その代わり、二つ、頼みがある」
プロトに助け起こされながら、ラドラムが言った。
「ああ。何だ?」
「まずプロトが作った、俺のクローンたちだが。訳あって、俺の記憶をインプットした。いつまでも隠して移動する訳にもいかないし、ばらけても、何かの拍子に捕まったら、違法クローンがバレてブタバコ行きだ」
「すまな……」
「ああ、だから、いいんだ」
プロトの謝罪の言葉を、ラドラムは手をあげて遮った。
「その代わり……クローンたちを、冷凍睡眠 にして、ここに置いてくれないか」
「コールドスリープか。確かに、奥にマシンはあるが」
「ああ。それで百年おきに一人、目覚めるようにセットして欲しいんだ」
シーアが驚きの声を上げた。
「それなら、同じ時代に同一クローンが存在しないから、発覚しにくいんですね」
「ああ。俺のクローンだから、多分この部屋には留まらないで出て行くと思うが、ここの事を他言する事はないだろう。あんたたちが眠ったあとも、ここは守り抜く。だから、置いてくれないか」
「分かった。今の幸せは、あんたのお陰だ。それくらいで礼になるなら」
「もう一つ」
ラドラムは、喉元を探って、ペンダントを取り出した。
先には、古びた小さな四角柱がついていた。
「記憶媒体 か」
「ああ。これを、ブレイン・ダイヴして見たい。だいぶ型が古いが、出来るか?」
首から外してプロトに渡すと、彼はそれを、太陽と同じサイクルで紫外線を発する灯りに指で挟んで透かし見た。
確かに中には液体が揺れていて、中身が詰まっている事が分かった。
「十八になったら渡そうと思っていた」とミハイルから託された、母カトレアのメモリーだった。
「大丈夫だ。このラボも古いから、このタイプは再生出来る。ただ、どっちも古いだけあって、誤作動を起こす危険性がない訳じゃない。いざという時、ダイヴから連れ戻す人物を一人、水際に置いておいた方がいい」
「私が。ラドラム」
「あたしがやってあげるわ」
声が上がったのは同時だった。
シーアが、ふと首を傾げる。
「あら? 貴方……まさか、あの時の……」
「そうよ。キトゥンよ。ラドラムにお嫁さんにして貰う為に、急いで大きくなったの!」
「まあ……あの時は、ありがとう。お幸せにね」
早合点したシーアが祝福をおくると、即座にプラチナが割り込んだ。
「シーア。ラドラムと幸せになるのは、私です」
「え?」
「あ~、ややこしいから、口論はなし! プラチナに頼む」
ラドラムは顔を顰めて、両脇から上がるキトゥンとプラチナの声をぴしゃりとシャットアウトした。
まだ幼いアメジストパープルをぱちくりさせて、シーアはプラチナの心が読めず、不思議そうに長身な彼を見上げていた。
「じゃあ、頼む。プロト」
「ああ、こっちだ」
* * *
ラドラムは、狭い一室の低く角度のあるダイヴ・シートの上で、指を組み合わせて横たわっていた。
ジャケットは脱いでリラックスし、両のこめかみに電極のある、サングラス型のダイヴ端末をかけている。
プラチナは立ったまま、アンドロイド用の端子を耳に差し込み、シートの背もたれに片手をかけていた。
まるで船内の二人そのままだ。
「用意はいいか」
「ああ。プラチナ、頼んだぞ」
「はい、ラドラム」
「再生開始……」
プロトの声が響くと、ラドラムはゆっくりと瞼を閉じた。
ともだちにシェアしよう!