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エピローグ
『プラチナ。次の惑星まで、あと何分だ?』
常ならばキャプテンシートに座ってタッチパネルに足をかけそう訊くラドラムが、珍しく「調子が悪い」と部屋に籠もって、小一時間が経っていた。
船医であるマリリンが診察をすると言っても、「寝たら治る」と言って受け付けない。こんな事は初めてだった。
「ラドラム、大丈夫カシラ。ブレイン・ダイヴに何か不具合があったんじゃ……」
「何かありゃ、プラチナが呼ぶだろ」
キャプテンシートの斜め後ろが定位置の、プラチナも居ない。ラドラムを守ると言って、部屋に着いていったのだった。
一人分増えたクルーの為に、プラチナは船長用のキングサイズのベッドをせり出して置いていった。
その広いベッドの真ん中に、惑星ヒューリの例の店で買ったライトブラウンに向日葵のプリントがされたワンピースを着て、キトゥンは胡座をかいている。
その胸には親の敵のように、可愛いらしいヒヨコの縫いぐるみをギュッと抱き潰していた。表情は不機嫌に、口をへの字に曲げている。
「も~っ! プラチナママの馬鹿っ!」
あわれ縫いぐるみは、壁に向かって投げ付けられ、ピイと音を立てて床に落ちた。
「キトゥン? どうしたの?」
「プラチナママったら、私だってお嫁さんなのに、ラドラムを独り占めし過ぎ! あと五分経ったら、部屋に乗り込んでいくんだから!」
マリリンとロディは顔を見合わせ、訳が分からないと共に肩を竦めて見せるのだった。
* * *
「プラ……チナっ。次の、惑星まで……あと何分だ?」
「あと一時間二分十二秒です、ラドラム」
ラドラムが自分の部屋に入るのは、シャワーの時だけだった。
艦橋の片隅にも、人間が清潔に暮らす為に必要な、シャワー、トイレ、洗面所などは簡易的なものが揃っているので、シャワーでさえも艦橋で済ます事が出来る。
だが一度、着替え一式を忘れて裸で出て行ったら、マリリンが大騒ぎしてシャワーは各自の部屋で浴びる事、というルールを作ったのだった。
だから、自分の部屋のベッドを使うのは、何年ぶりか分からなかった。
薄暗く照明を落とした室内に、ラドラムの浅く速い息遣いと、粘液のかき混ぜられる音だけがやけにハッキリと響く。
「あっ……プラ、チナっ……も……駄目っ」
「ラドラム。愛しています」
ラドラムの指が、枕の縁をキツく掴む。
全裸で四つん這いになって、頭を支えていた肘は砕けてとうに折れ、枕に突っ伏して尻だけを高く掲げている。
その尻を着衣のまま後ろからゆっくりと注挿して犯しながら、プラチナはもう何度目になるか、囁いた。
「愛しています」
「は・ぁんっ……んんっ、ン……プラチ、ナ、ホントにもうっ……許しっ」
行為が始まってから一時間、まだラドラムは一度も吐精を許されていなかった。
「ラドラムは? 教えてください」
気も狂わんばかりの欲に身を焦がしながらも、プラチナが定期的に問いかけてくる為、意識を飛ばす事さえ出来ない。
枕を唾液と涙で濡らしながら、ラドラムは息も絶え絶えに返した。
「愛し、てるっ、から……だから、もう、イかせ……っ」
「次の惑星まで、あと五十九分四十三秒あります、ラドラム。まだ大丈夫です」
一度強く突かれて、ラドラムが大きくしゃくり上げた。
「ヒャンッ! 駄目、だ、おかしく……なるっ。頼む、プラチナ、お願い……っだからっ」
「分かりました。ヘッドボードに頭をぶつけないよう、注意してください」
そう言うとプラチナは、ラドラムの素肌の背中に黒ずくめの胸板を着け、シーツに糸を引くほど透明な液体を零し続けているラドラムの熟れた花芯に革手袋をかけた。
「んぁっ」
期待だけで、元よりカチカチだった硬度が、更に増す。
プラチナは薄い唇をしならせて微笑むと、後ろから低く囁きながら、前の手と後ろの腰を激しく使った。
「愛しています……ラドラム」
ラドラムは、いつしかプラチナの精悍な低い声が好きになっていた。それが耳元で情熱的に囁かれる事にも感じる。
「は・あっあ・ア! アァンッ……イ、くっ……!!」
ぎゅうとリング上の繊細な筋肉が締まり上がる。
それに合わせて、プラチナも三度、強く腰を叩き付けた。
「あっ! はぁ! ンァッ!」
プラチナの動きに合わせて、きっかり三度、嬌声が上がる。
革手袋の中に、脈打つようにして愛液が放たれた。
「はぁ……はぁ……う……」
プラチナには、ラドラムと愛し合いたいという願望はあるが、性欲はない。一度もイかずに、だが涼しい顔をして、ジッパーを上げてしまうとラドラムに毛布をかけてベッドを下りた。
途端、鍵をかけていたはずの部屋のドアが開いて、眩しい光の帯が差し込む。
「プラチナママ! ラドラムを独り占めしないで!」
ヒヨコの縫いぐるみを、片手にぶら下げたキトゥンが立っていた。
見かけは白髪の美少女だが、中身はまだまだ子供のようだ。癇癪を起こして喚く。
「私だって、ラドラムを愛してるんだから!」
「キトゥン……!?」
毛布を慌てて引っ張り上げながら、ラドラムが驚いて口にする。
「どうやって開けた。鍵は?」
「ラドラム。キトゥンは、私とのシンクロが可能なようです。それと、簡単な機構なら、電子的機器も無効化出来るようです」
「何っ」
では、今までのあんな事やこんな事も、筒抜けだったのだろうか。ラドラムは、身体が火照る思いだった。
「キトゥン。では、こうしたらどうでしょう。昼の間はキトゥンのもので、夜の間は私のものだと。夜は眠ってしまいますから、キトゥンの方が持ち時間は長くなります」
その提案に、幼いキトゥンはパッと顔を輝かせた。
「えっ、良いの?」
「はい。ですから、夜の間は入ってこないでください」
「分かったわ!」
ヒヨコの縫いぐるみを抱き締めピイと鳴かせてから、キトゥンは艦橋に戻っていった。
「プラチナ……シンクロしてるって分かってて、ヤってたのか」
毛布の中でぐったりとベッドに沈みながら、ラドラムが問い詰める。
「はい。ですが、まだキトゥンには意味が分かっていません。大丈夫です」
* * *
三十分後、艦橋に戻りキャプテンシートに座ってタッチパネルに足を乗せたラドラムは、ラム酒を飲りながらいつものように問いかけた。
「プラチナ。次の惑星まで、あと何分だ?」
プラチナも定位置に立って背もたれに手をかけ、答える。
「はい。あと二十三分十四秒です、ラドラム」
「じゃあ、一眠りするから、到着の三分前に起こしてくれ。おやすみ、プラチナ」
「おやすみなさい、ラドラム」
眠りに落ちる少し前、もう一口含んで、瞳を閉じた。
だが。
「……愛しています、ラドラム」
と付け加えられて、ラドラムはラム酒を飲み損なって派手に咳き込んだ。
「ああ……すみません、ラドラム。大丈夫ですか」
ゆるゆると背中を撫でられては、先程の感触が蘇るようで、ラドラムは毛を逆立てた。
「触るな、プラチナ! ッゲホ、ケホッ……」
キトゥンが飛んできて、ラドラムの首に手をかけて胸に引き寄せ、プラチナに啖呵を切る。
「プラチナママ! ラドラムは私のラドラムでもあるんだから、虐めないでちょうだい!」
「ですが、今は夜です。ラドラムは私のものです」
「キセイジジツを作ったからって、あんまり調子に乗ったら駄目なのよ!」
「ゲホッ……」
ラドラムは少しの間、身を折ってむせていたが、頭上で交わされる不毛な攻防に待ったをかけた。
「おい! 俺は俺のもんだ、勝手に取り合わないでくれ」
「ラドラム。貴方は私を『愛している』と言ってくれましたよね。そしてそれから……」
「プラチナ!」
鋭くラドラムが制止する。
だが更に、クルーの二人が追い討ちをかけた。
「ちょっと待って、今キトゥン、既成事実って言った?」
「ははぁ……上手くやったな、プラチナ」
ラドラムはムキになって否定した。
「そんな事実は、何処にもない!」
「ラドラム。それでは私に、『愛している』と言ってくれたのは、嘘だったのですか。遊びだったのですか」
「黙れ、プラチナ!」
クルーたちは必死に笑いを堪えていたが、事の成り行きに盛大に噴き出していた。
声が出ないよう押し殺すが、肩はくつくつと揺れてしまう。
ラドラムが、『それ以上笑ったら殺す』という目で鋭く振り返ると、慌てて明後日の方へと顔が逸らされた。
ある意味、船内に日常が戻ってきた。
だがラドラムにもカードはあった。それもただのカードじゃない、取っておきのジョーカーだ。
ニヤリと片頬を上げて、ラドラムは二人に言った。
「……で? 状況をお楽しみのようだが、お前たちはどうなんだ、ロディ、マリリン」
瞬間、二人は襟首をつままれた猫のように、きゅっと首を竦めて赤面した。
そろーりと互いを振り返ると、一瞬だけ目が合って、すぐに逸らされる。万事が万事、こんな調子だった。
「ラドラムが愛しているのは、私だけです」
「違うわ! 私もよ!」
まだまだ続く本人不在の恋愛論に、ラドラムが自棄を起こして、天を仰いで一声叫んだ。
「決めた! 船内恋愛禁止!!」
瞳を閉じて早々と寝息を立てるラドラム以外の四人に、激震が走った事は言うまでもない。
END.
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