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#3 こてこての映画のラストは
映画の内容は、いたってこてこての恋愛模様だった。
主人公はちょっと癖のある拗らせやすい男女二人。曲がり角でドンするみたいに出会って、もうその時点から恋の予感が溢れ返っているのに、中々近づけない、素直になれない、別に私、あの男のことなんか気にしてないんだからね。
そうこうしている内に外面は清純なのに腹は腐った墨汁みたいに真っ黒なボブの幼馴染み(女って怖い)や、火星人(♂)が邪魔しに入って来たりして、かなり手酷い罠に掛けられたり、ほんとベタに掛かったりして、もう二度と会うことが叶わないんじゃないかっていう窮地にも陥ったんだけど、
そこはもう運命というか、離れられない二人のちからだったんだろうね。
紆余曲折経て、二人はお互いの存在、愛を、逃げのびたすえ辿り着いた、探し求めていた"世界の最果て"である線路の上で確認し合う。
『お前だったのか』『何だ、あんただったのね』
安寧に満ちた二人の笑顔が、印象的に映り変わる。
そして二人は、ながいながい口づけを交わして、終わる。
何だそれって、思うんだけど。ひねりも何もないんだけど。
こてこての、監督の趣味で設定がたまに多少斜め上なくらいで、ベッタベタな恋愛映画の展開を綺麗に踏んでいるだけなのに、これが思いのほか、良かった。
美しい映像、二人の繊細な表情の揺れが随所に切り取られて、あんなことこんなことあったのに、ああ幸せに結ばれて良かったね。
感激して、ラストの線路上での絵画みたいな美しさ、ハッピーエンドがカタルシスを呼び覚まし、それらが突き上げて予想外のエモーショナルを与えてくれた。
恥ずかしいけど、観終わった後、俺はもう、泣いていた。
結構な量の、涙を流していた。
この映画で最も重要なのは、ラストのキスシーンだ。
俺はそれのためにこの映画を借りて来たと言っても過言ではない。
俺は見た目もこんなで漏れなく乙女回路も有しているけど、実は恋愛映画って、好んで観るジャンルじゃない。
どっちかじゃなくても結構斜めな性格なので、何で興味ない奴等の能天気なラヴなんか観なきゃいけないんだよって、始めからは基本選ばない。
なのにこの作品を選んだゆえんは、ひとえにこの映画のラストシーンにある。
互いに愛を知った二人は、線路の上で口づけを交わす。
初めは探り合うように互いの腕に触れ、そっと目を伏せながら、目を合わすのはまだ恥ずかしくて、ふたりの距離、熱を確かめるように唇に触れ、重ね合わせていく。
エンドロールが、途中から二人の上から白い字で雨のように降り注ぐ。
エンドロールって、長いよね。映画に関わる人の数は膨大なので、歌が流れるなら、普通に一曲フルで、ロケ地やどこかの学校の皆さんとか、こまかな部分までありとあらゆる氏名・地名・団体名などの羅列が、ともにエスカレーターみたいにして流されていく。その後ろで、まだ二人は口づけを交わしている。
エンドロール、終わった。まだ、キスしている。
カメラは、動かない。バックには白い霞のような雲が刷けた澄み切った青空、左端に寄った
二人が、ひたすら唇を重ね続けている。
ややあってから、
「はい、カットー」
監督の声が掛かった。
まだ、している。
無音の空の下、全く定点を超えない二人は、ただひたすらにお互いの唇を感じ合っている。
もう何だ。これは現実か虚構なのか。
よく判らなくなってくるが、ただ言えるのは、これがカメラが回った虚構 の中だろうが、リアルな現実世界だろうが、今、ふたりの脳内が浸っている宇宙を占めるのは、互いの唇だけなのだ。
それをただ、うっかり迷い込んで呆然と観ているこちら側の人間も、いつしか同じ地平上、同じ宇宙に浸っている感覚にとらわれる。
深く口づけているのに、優しくどこか神聖なキスは、やむ気配を見せぬまま延々と続き、
やがてそうっと、薄手のレースカーテンを掛けるように、画面が薄暗くぼんやりと溶けていき、
暗転。
配給会社のロゴが現れる。
あ、終わったのか。
こてこての恋愛映画だったかな、これ。
目覚めるように思い出すが、キスの余韻はまだ続く。
俺が観たかったの、これだ。やっと観られた。
後日談だが、この主演の男女は、この映画の共演がきっかけで結婚している。個性的な俳優といかした歌手 。結構昔の映画だけど、まだ別れていない。
キスシーンの素敵な映画5選。たまたま見かけたネット記事だけど、選ばれていた。
正直、そこまで期待していなかった。結果、
何だもう。素敵過ぎやしないか。
火星人が横恋慕してきたとか、そんなごたごたは忘れた。全部最後のキスに持って行かれた。
あんなに周りのものとか全空間置き去りにして、ずっと長々とやっているのに、
あんなに綺麗で素敵ですがすがしいキス、
いまだかつて、あっただろうか。
はあー、何だかもう……。 ……キスしたく、なって来た…………。
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