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第1話

錆びたドラム缶の上に一台のラジオが置かれている。 銀に光るアンテナを青い空に突き立てた、一見何の変哲もない旧式ラジオ。 大小の摘まみやメーターが幾何学的に配置されたそのラジオから、ノイズ混じりの音声がもれてくる。やたらとハイテンションな若い女性の声だ。 『ハーイ今週もはじまったっすトレジャーアイランド!毎週聴いてるボーイ&ガールにはすっかりお馴染みっすけど、ビギナーリスナーの為にかるーく説明しちゃうと、この番組は大陸中で活躍する賞金稼ぎならびに賞金首の活躍をリアルタイムでドラマティックに!カタルシスに!スキャンダラスに!実況しちゃうってゆー主旨の娯楽情報番組っす!業界ナンバー1視聴率はだてじゃねっす、コレさえ押さえてればラジオの前のボーイ&ガールも今すぐ賞金稼ぎデビューできるっす!パーソナリティーは今をときめく美人賞金稼ぎ、ピンクパンサー・スタンがお送りするっすヒャッハー!』 美人を自称するなよと心の中でツッコミを入れる。うるさい女は嫌いだ。しかもその馬鹿っぽい語尾はどうしたことだ、クスリでもキメてやがんのか、キャラ作りの失敗か?胸ぐら掴んでヤキ入れてェ。 兄の付き合いで漫然と聴いてるが、今日ばかりはラジオから垂れ流されるキンキン声が耳障りだ。 スワローは腰に差したバタフライナイフに油断なく手を添え、フィールドを眼光鋭く睥睨する。 黄褐色に乾燥した岩盤を掘削した広大な採石場には、置き忘れられたドラム缶や重機、山積みにされたセメント袋にプレハブ小屋などが無秩序に点在している。 周囲は切り立った断崖だ。 雄々しく屹立する断崖の真下、起伏のある地形にへばり付くよう採掘を行っていたのだが、それも数年前に中止され現在はまったく人けがない。 採石場が放棄された経緯は知らない。 コヨーテや狼がでたとか岩盤の崩落事故が多発したとか、大方そんなところか。放射能が基準値を上回って人足が逃げ出したのかもしれない、ここはもう汚染区域に近い。不慮の事故や動物、および賊の襲撃で無人の廃墟と化した工事現場など近年珍しくもない。 「相変わらずかくれんぼだきゃ得意だな。逃げ隠れが上手いのは臆病者の証拠だ」 スワローは高々と積まれた土嚢の後ろに隠れて、そう遠からずどこかに潜む敵の気配をさぐる。 付けっぱなしのラジオからは癇に障る甲高い声が、場違いな陽気さで流れ続けている。 『最初のおたよりはー……カクタスタウン在住のラジオネーム・好きな飴はグレープのジニーくん。質問です、賞金稼ぎの詳しい仕事を教えて!大人になったら賞金稼ぎになりたいんですがどうすればいいですか?バンチを読んで勉強してるけどよくわかりません、どうやったらピンクパンサー・スタンさんのようなかわいくてかっこいい最高にクールな賞金稼ぎになれますか?お母さんやお姉ちゃんはキケンだからやめろっていうけど絶対諦めません、超強くてかっこいい賞金稼ぎにおれはなる!』 ぜってぇ盛ってるだろ。それにしても聞き覚えのある名前……気のせいか。頭の片隅にひっかかったラジオネームを振り捨て、眼前の戦場に集中する。 『ジニーくんは賞金稼ぎに憧れてるんすね、ハガキからあふれんばかりの情熱が伝わってくるっす。賞金稼ぎといえば子どもたちの憧れナンバー1職業、当たればどでかい花形っすもんね!悪党どもがはびこる腐った世の中じゃ需要は増せど途切れず、食いっぱぐれることねっす。キケンな仕事だからお母さんたちの心配もわかるっすけどね~ユーハブアドリームネバーギブアップ、その意気ゴーゴーっす!えーとそれで、賞金稼ぎになる方法っすか……お答えするっす!!ここでおさらいっす。賞金稼ぎは人種性別年齢不問、すべての人類に広く門戸を開け放ってるっす、来る者拒まず殺る気重視カモンベイべの精神っす。下剋上成り上がり裏切り出し抜きなんでもあり、スリリングな駆け引きが日常茶飯事のハードな業界っす、実態はものっそいブラックっす、人的消費がパねっすからね!運と実力がねーヤツはそりゃもーザクザク死んでくっす、序盤であっさり脱落っす!戸籍がなくて困ってるそこのキミ!免許の申請時に仮戸籍がもらえるんで安心するっす、むしろそっちめあてにめざす人も少なくねっす。戦争からこっち政府も正確な国民の数を把握してないんスよね、ザルなお役所仕事っす!』 そう、俺達みたいに。心の中で皮肉っぽく嘯く。 母は娼婦だ。十代半ばで兄弟を生み、何があったか知らないが、それ以降トレーラーハウスを転がして大陸中を西へ東へ流浪している。一か所に定住すれば戸籍を取得し保障を受けられるが、根無し草の旅暮らしではそうもいかない。保険が使えないので誰かが熱を出して寝込んだ時は、母の知り合いのヤブ医者を頼るか、自力で寝て治していた。幸い体力と悪運に恵まれているので風邪をこじらせた試しはないが怪我の方は絶えない。日頃の行いが悪いのだ。 『賞金稼ぎになるにはまず|中央《セントラル》に行くっす!正式名称は中央保安局っすね。保安局は知ってるっすか?そこそこの規模の街ならどこにでもあるアレっすよ!悪党を拘留したり懸賞金を申請したり……そうそう、ヴィクテムの更新手続きもここで行うっす。でも免許をもらうには中央に行かなきゃダメっす!そこの面接官に認められて、簡単な実技のテストをクリアして、初めて賞金稼ぎになれるっす。コングラッチュレイション!』 面倒くせえな。まどろっこしい手続きはスワローが最も苦手とするところだ。 『実技試験は近接格闘と射撃と逮捕術、あと|一芸奨励制度《ギフテッド》っす!たとえばミュータント!ジニーくんの周りにもいるっすかね、けもみみやしっぽが生えてたり鱗があったりトカゲ頭だったり……戦争中に政府の極秘研究所から逃げ出した被験体の子孫とか、ウィルス感染による突然変異の新人類だとか諸説あるっすけどね。そーゆー人たちの中には鋭い牙や爪を出し入れしたり、水中でエラ呼吸できる能力者がいるっす。で、そーゆー特殊スキル持ちはこの制度の恩恵に預かって採用されやすいっす!』 底抜けに明るく能天気な声が、断続的に混じる砂嵐にブツ切りされながら、ご丁寧に解説してくれる。 俺達が三年前に倒した賞金首も、保安局に引っ張ってきゃ賞金もらえたのかな。小物だから雀の涙だろうが、自警団の陥穽にはまってとりっぱぐれたのがちょっと惜しい。 などと思案を巡らせつつ、土嚢の影から用心深く顔を出す。刹那、手前の地面が抉れて砂塵が舞う。 「!ちっ、」 舌打ちをくれ慌てて引っ込む。外した?牽制?どっちだ。この際どっちでもいい。動体視力が追い付かない凡人には唐突に地面が爆ぜたように見えたろうが、今のは小石の直撃だ。遠方から投擲された小石が、スワローからほんの数インチの地面に撃ち込まれたのだ。 「野郎、どっから狙いやがった」 狙撃手はどこだ?姿を見せず逃げ隠れし、時折思い出したように小石を撃ち込んでくる卑劣なヤツめ。 スワローにとっては不幸な事に、あたりには手頃な小石がゴロゴロしており当面弾は尽きない。 ラジオにザザッと砂嵐が混じり、一陣の風が峡谷を吹き抜ける。 『ねっ簡単っしょ?賞金稼ぎになりたいならカモーンベイべ、新しい仲間はオールタイムウェルカムっす!でも一つアドバイスっす、未成年のボーイ&ガールは親御さんのOKをちゃーんともらった方がいいっす、じゃないと後々揉めるっす!』 賞金稼ぎに年齢制限はない、やる気と素質さえあればだれでもなれる。年齢に限らずあらゆる縛りが緩いのが魅力で、犯罪者上がりの賞金稼ぎもゴロゴロいる。まあ同じだけ賞金稼ぎくずれの犯罪者が多い現状なのだが、それはそれとして。 『かくいうアタシも家出同然にでていって、親に勘当中の身の上っす!こんなじゃじゃ馬に育てた覚えはない、婿の来てがなくなるって、パパンもママンもぷんすこお怒りっす!二人ともアタマ固いンすよねー、賞金稼ぎは良家の子女がなるもんじゃない、ゴロツキどもの巣窟だなんて……そーゆーのが多いのも事実っすけどね!』 賞金稼ぎは世間でメジャーな花形職だが、一方では保守層の偏見も甚だしい。前科持ちも相当数いるので、軍隊や警備会社と同じく、脛にキズのある人間の受け入れ先の側面も強いのだ。 だんだんじれてきた。いつまでこうしててもらちが明かない。元々逃げ隠れするのは性に合わないのだ。そんなスワローの内心を読んだかのように、眼前の地面に次々と穴が穿たれる。敵の攻撃だ。 「はっ、誘いだそうって魂胆か?いっちょまえに挑発たァ笑わせる」 いいぜ、のってやる。売られた喧嘩はノシ付けて買う主義だ、アイツの考えてる事など手に取るようにわかる、何年一緒に暮らしたと思ってやがる。スワローは雌伏の時を脱して鮮やかに反撃に転じる、土嚢から飛び出すや風切る唸り上げ連続で撃ち込まれる小石を前転で回避、右手に構えたナイフで弾道をずらし敵陣地に突入する。 焦ったのは敵方だ。なんて無茶なヤツだ、策も何もなく頭から突っ込んでくるなんて……いや、策はあるのか?どっちだ?わからない。素晴らしい瞬発力と脚力を発揮、自分の縄張りを抜けて敵陣地を突っ切るスワローが絶叫する。勝利宣言にも似た傍若無人な高笑い。 「飛び道具が手持ちにねーから遠距離戦は不利だと思ったか、お生憎様だな!下手な鉄砲数撃っても当たンなきゃ意味ねーぜ!」 すぐそこで哄笑が爆ぜる。まずい。ナイフは遠距離戦に不利、今回ばかりはこちらに分があると高をくくっていた、とんだ思い上がりだ。慢心と過信は身を滅ぼす、油断はなお悪い。気を引き締めてスリングショットを構え直し、次々と小石をつがえる。大丈夫、ストックはまだたくさんある。ここは採掘場、小石は山ほどある。しっくりと手に馴染むスリングショットを正面に向け解き放つ、狙い定めた小石が一直線に飛んでいく、その全弾がスワローの肩や肘や膝を紙一重で掠めていく。惜しい、当たらない。あともう一息なのに……当たっても即死はないだろう、たぶん。手加減したらこっちがヤられる。目標を逸れた小石が後方の地面に穿つ、抉る、砂礫が舞う。スワローが弾の行方を見極め、咄嗟に小石を握る。 「そこだ!」 「ぅわっ!?」 全力で腕を振り抜き投擲、ショベルカーのコックピットに小石が当たって火花が散る。首を引っ込めたおかげで間一髪額が割れずにすんだが危なかった。バレた!スワローが猛然と迫ってくる。巨大な油圧ショベルは絶好の隠れ家だが、そろそろ出なければ追撃される。採石場全体をフィールドにした、命がけのかくれんぼだ。 「くそっ……」 捕まったら何されるかわからない、逃げるが勝ちだ。コックピットを飛び下りて左右を見渡す。絶賛放置プレイ中のラジオが勝手にくっちゃべる。 『いい子のみんな~ピンクパンサー・スタンとお約束っす!賞金稼ぎになる時は必ずパパンとママンのOKをもらうっす、そのほうが後腐れなく成り上がりに邁進できるっす!ジニーくんもお母さんとお姉ちゃんを死ぬ気で説得するっすよ、どーせなら家族に応援してもらったほうが嬉しいしヤル気もでるってなもんっすよ!』 わかってるよそんなこと!さらっとできたら苦労はない。スリングショットを片手に持って逃げる、逃げる。セメント袋を跳び越えて、障害物のドラム缶をかいくぐり、地を蹴ってひたすら走る。 『ひょっとしたらほら、ステキなダーリンと運命の出会いがあるかもしれないし?悪党どもに囲まれて絶体絶命乙女のピンチ、そこに颯爽と窓ガラスをぶち破って、助けにきたよベイビーとお姫様抱っこ……キャーッロマンチックが止まンねっす!とりまそーゆー時の為にも親の承諾取り付けとくのが吉っす、これちょー大事なアドバイスっす』 ラジオ向こうのパーソナリティーがのべつまくなし妄想をまくしたてる。少しでも時間を稼ごうと振り返りざまポケットの小石をつがえて撃ち放つも容易く躱される、憎たらしい事に完全に弾道を読まれている。抵抗虚しく足を蹴りだすごと距離は縮まっていく。足の長さが違うのか?認めたくない。背丈を越されたのは一年前、成長期に入ってから声も骨格も格段に男らしさを増した。 「はあっはあっはあっ……しつっこい、いつまで追ってくるのさ!」 「きまってんだろ、仕留めるまでだ!」 いきりたった声が背中を鞭打つ。すぐそこ、うなじに吐息がかかる距離にスワローが肉薄するのに焦り1インチでも引き離そうとがむしゃらに死力を絞る。 「ッ!?」 うなじに一筋冷気が駆け抜ける。スワローがナイフを一閃、鋭利な切っ先が首の後ろを掠めたのだ。 後ろ髪がちぎれて宙を舞う。頸動脈を切断されたら……想像したくもない。背後に押し被さる気配は飢えた獣のそれ、捕食者の脅威に等しい。遠距離戦なら勝ち目があると思い上がった油断が祟った、半分は同じ遺伝子なのにスペックが違いすぎる。 「ほらほら、ケツ振って逃げろよ!よちよち歩きじゃすぐ追い付かれちまうぜ|小鳩ちゃん《ベイビー》!」 スワローは容赦なく敵を追い詰める。狩り立てる高揚に舌なめずり、全身の細胞が沸騰するような歓喜に咽ぶ。ナイフの扱いはこの一年で素晴らしく上達、今では目を瞑って指の間に刺すこともできる。 「くそっ……調子にのるなよ!」 「捨て台詞だきゃ一人前だな、レイプ魔から逃げる生娘のような震え声じゃびびんねーぞ!」 「相変わらずたとえが最悪だな、下劣のきわみだ!品性を手洗いして出直してこい!」 「そりゃどうも、育ちが悪いもんでね!いまさら揉み洗いしたって性根の汚れはとれねーよ!」 「手癖と足癖と噛み癖の悪さも矯正しろ!」 「おまけに口輪も付けてくれ、手首ごとがぶって食いちぎってやる!」 斜面を滑ってさらに逃走しようとしたその瞬間― 視界ががくんと揺れ、足元の地面が消失。 「え?」 斜面の下に大穴が穿たれている。穴の側面はすり鉢状に傾斜し、さながら蟻地獄の相を呈す。しくじった!悔いた時には既に遅く、視界が反転して青空と地面とがめまぐるしく入れ替わる。 「うわあああああああああああ!」 絶叫が尾を引く。体のあちこちを打ち付けて痛い。足を滑らした勢いに乗じ、穴の底までもんどりうって転げていく。 『賞金稼ぎはキケンがいっぱい、注意一秒怪我一生、地獄への片道切符が大安売りっす!』 パーソナリティーが何か言ってる。耳鳴りが酷くて聞こえない。転げ落ちたはずみに口の中に砂利が入った。しきりに唾吐き上体を起こそうとするも、視界に金属の光がきらめく。 「チェックメイト」 起き上がりかけた体が引き戻され、モッズコートの裾が縫い止められる。地面に突き立ったナイフの柄が撓む。尊大な足音……スニーカーの靴底で砂利をにじり、大股に近付いてきた何者かの影がさす。 死に物狂いで裾を引っ張るもナイフが抜けずパニックをきたす、冷静に判断すればスリングショットを握るのと反対の手でナイフを抜けばいいだけだが、それすら思い至らない。ビリッと嫌な音がして裂け目が広がり泣きたくなる。 「あぁあ……俺のコート……」 足音が途絶える。地面に仰向けのたうつ敵へ悠然と歩み寄り、肩を掴んで組み敷く。 片手でナイフを抜き、それを素早く翳して頸動脈にあてがうや、やさしく目を細めて微笑む。 太陽の光をたっぷり吸った玉蜀黍の房を思わせるイエローゴールドの髪は、ろくに手入れもしてないせいでボサボサにはねまわっているが、かえってそれが野性味あふれる雄のフェロモンを付与する。 まだ14になりたてだが、身長ははや170台の半ばに達した。本人曰く夜寝てると骨が伸びる音が聞こえるらしいが冗談だと思いたい。綺麗な稜線を描く眉、高く秀でた鼻梁と薄い唇、品良く尖った顎。激情に燃える赤錆の瞳が一際鮮烈な印象をもたらす、凄みのある美少年だ。 半袖シャツから突き出た右腕の刺青は荊の冠を戴く燕、左腕の刺青は天使の輪を冠した鳩で対になっている。 兄の首筋をぺちぺちとナイフの表面で叩き、もう片方の手でドッグタグを引き抜いて奪い取り、大いに勝ち誇って嘯く。 「いっちょゲット。勝負あったな」 「……おっしゃるとおりで」 戦利品を弄んで高らかに宣言するスワローに、地面に倒れたままのピジョンは両手を挙げて降参した。

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