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第24話

「あははははっ蜂の行進(ビーマーチ)のはじまりよ!」 ビーのスカートが真っ黒く不吉な大輪の花の如く膨らみ、蜂の唸りが一層大きくなる。 「なっ!?」 スヴェンが驚愕に目を見張る。 華やかに舞うスカートの下から凶暴な唸りを従え一斉に蜂が飛び出す。 「やっちゃえ!」 ビーの号令一下、解き放たれた蜂の大群が一行に襲いかかる。 「畜生、大量にどっから沸いた!?」 「穴だろ」 「穴ってどこの……」 「聞いたら後悔するぜ」 「遠慮しとく!」 甲高く狂った哄笑が弾ける。 ビーの胎内で孵化した蜂は彼女の忠実な下僕、女王蜂の命令には絶対服従。フェロモンによってそうプログラムされている。 胴がシャープに括れた形態はスズメバチの特徴、黒と黄の横縞の体表が危険信号を鳴らす。 ビーは邪悪に笑っている。見た目だけなら可憐なお人形なのに、本性は悪辣にして狡猾。坑道に立ち尽くす男たちを新たな「お友達」に加えんと、指揮棒に見立てた人さし指を振る。 「さあビーのかわいい蜂さんたち、お客さんをおでむかえして!体の穴という穴をかわいがってあげてちょうだい!」 「悪趣味だぜ」 「この子たちはビーのお腹の中で育ったの、ビーのかわいい子どもたちよ。ママのいうことならなんでも聞くの」 外見にはそぐわぬ仕草で慈しみ深く下腹をさすり、ミステリアスに微笑む。清らかな少女の無垢と母性が同居する、おぞましい微笑み。 おそらく胎内に蜂の巣を代用する特殊な臓器があるのだ。拡張された子宮か畸形の卵巣か……ビーはオスの精子を取り込み、そこで幼虫を育てる。見た目はヒトを擬態していても、その有り様はむしろ蜂に近しい。 手配書では伏せられていた政府に都合の悪い事実、クインビーは政府の人体実験の産物。 大戦中は軍が主導する非人道的な研究が横行し、遺伝子操作によって多数のキメラが生み出された。ミュータントの系譜の末端にクインビーやキマイライーターが存在する。 「ビーの能力を知りながらその実態を明らかにしなかったのは上の保身じゃ。蜂の危険性を喚起すれば拡散は防げたというのに……」 「それだと蜂が全滅しちまうな」 「乗っ取りフェロモンをばらまく蜂使いのガキがうろうろしてるなんざ、世間にバレたら疑心暗鬼の大パニックで収拾付かねーよ。当然政府も糾弾される」 戦争後に前政府は瓦解したが、その生き残りはまだ健在。スキャンダルは避けたいはずだ。 蜂が迅速に飛来する。キマイライーターが眼光鋭く杖を一閃、飛んでる蜂を叩き落とす神業に「すげえ」とスヴェンが感嘆する。 「ワシの近くにきたまえ、まさか素手で蜂と戦う気かね!」 呑気に会話してる場合じゃない、慌ててキマイライーターの背後に隠れる。でかい図体を縮めておっかなびっくり様子を窺うスヴェン。ファイティングポーズが無意味だ。 キマイライーターが瞠目、真剣な表情にすりかわる。 腕を水平に保ち、象牙の杖をまっすぐに伸ばす……フェンシングの刺突のポーズ。 そして、虐殺がはじまった。 あるいは一方的な駆除か。キマイライーターが鋭く呼気を吐いて腕を振り抜く。杖の先端から鋭利な刃が飛び出し、眼前に迫った蜂を両断。仕込み杖が縦横無尽に交差する。速すぎて残像すら捉えきれない。 「杖に仕込んでやがったのか……」 「爺さん、奥の手を使わずコヨーテを倒したんだぜ。バケモノだ」 キマイライーターは仕込み杖の刃を出さず、すべて峰打ちでコヨーテを倒した。不殺の信念は一貫しているが、蜂が相手ではそうもいかない。 スワローが舌打ち、脇から回り込んだ蜂をナイフで薙ぎ払い、スヴェンが頭を低めて回避する。ピジョンは「わっわっ」と首を竦めて逃げ回るだけだ。 キマイライーターがわずかに眉をひそめる。正面にて対峙するビーの足元、数匹のコヨーテが復活している。 震える前脚で体重を支えて立ち上がり、女王を守るよう散開する。 「しぶてェヤツらだ、さんざん叩きのめされたってのに……」 「ビーのフェロモンが原因じゃ」 「ドーピングで痛みを麻痺させてンのか」 「のみならず攻撃性と凶暴性を高めている」 「ヤク中と同じってか」 スワローの頭の回転は速い。 ビーのフェロモンに刺激されたコヨーテはアドレナリンが過剰分泌され、痛覚が極端に鈍っている。 たとえ脚が折れ内臓にダメージを負っていても、女王の命令には絶対服従。麻薬中毒の症状と同じで攻撃性と凶暴性が加速した極度の興奮状態で、人の形をして動くものなら無差別に襲いかかるはずだ。 「うわっこっちくんなしっしっ!」 天井スレスレを抜けた蜂が、スヴェンの周囲を旋回する。サイドからサイドへのホバリング。透明な翅を震わせ、彼をおちょくるよう弧を描く。スヴェンは追い払おうと暴れ、そのはずみにすっ転ぶ。 「痛っでェ!?」 「遊んでんなオッサン」 「るっせェ……いででででで、やべー捻っちまった」 壁に縋って立ち上がろうとし、激痛に悶絶。ズボンをはだけて見ると足首が赤く腫れている。ピジョンが狼狽する。 「だ、大丈夫ですか。応急処置は……」 「この一大事に捻挫とかふざけてんのか役立たずが!」 「スワロー、ハンカチ貸して」 スワローが腕に巻いたハンカチをむしりとり、片膝付いてスヴェンを手当てする。足首の腫れにハンカチを巻き、肩を貸して立ち上がらせるも自分も万全ではない為によろけ、共倒れしかける。 「面目ねェ……キディにあわせる顔もねェ」 壁に寄りかからせる形で座らせる。スヴェンは両手で顔を覆って落ち込む。その間もキマイライーターの応戦は続く。仕込み杖を自由自在に操って蜂の猛攻を防ぎ通し、真剣な声色で叫ぶ。 「ここはワシに任せて地上に戻れ。コヨーテの襲撃を街へ伝えるんじゃ」 「俺達が?!」 ピジョンが叫び返す。キマイライーターは冷静に促す。 「スヴェン氏は捻挫、ワシは手が放せん。故に消去法で君たちとなる。それとも君と弟でスヴェン氏を担いで戻るかね?」 「ほざくなよ、こんなでけえの連れてえんやこら来た道戻れってか?ちんたらやってる間に追い付かれて食い殺される」 「なら決まりじゃな」 「で、でも……」 この場はキマイライーター一人でもっている。 スワローのナイフ捌きがいくら優れてるといえど、彼の技術は未だ粗削りで未熟。蜂の大群とコヨーテをいちどきに相手どれるほどではない。スヴェンは足首を痛めてまともに歩ける状態ではない。ピジョンはもとからカウント外だ。 次々と飛来する蜂を一刀両断するキマイライーターの超人的な技で、辛うじて均衡をとっている現状だ。 「ワシも大勢を庇ってしのぐのはちと辛い。自分の足で歩けるならできるだけ早く遠く、戦場から離れてくれると有り難い」 「坑道の地図と懐中電灯だ」 遠回しに足手まといと言われちょっとムッとするも、事実なので反論できない。スヴェンが筒状に丸めた地図と懐中電灯を貸してよこす。ピジョンが地図を受け取り、スワローが懐中電灯をとる。 「事は一刻を争う。ワシが食い止めているあいだに地上へ帰り、皆にこの事を報せるのじゃ」 「足にゃ自信あんだろ?悔しいが若さにゃ勝てねェ、持久力と瞬発力は譲る」 「避難の時間は稼ぐ」 「稼ぐって……何時間かかるかわからないのに?」 そんな無茶だとピジョンが食い下がり、キマイライーターが不敵な笑みを向ける。輝かしい栄光を帯び、その半生で数々の武勇伝を打ち立てた伝説の賞金稼ぎの笑みだ。 「|キメラ殺し《キマイライーター》の本領発揮じゃよ」 「とっとと行け、キディに何かあったら承知しねえぞ!」 街には母がいる。背に腹は変えられない。 「お願いします!」 「テメェが死んだらあの女もらうかんな!」 「コケコーッコ!」 キマイライーターたちを残していくのに一抹のうしろめたさを覚えながら、力強い叱咤に背中を押され戦場を離脱する。中指を突き立て怒鳴るスワロー、彼に引っ張られて走るピジョンに激しく羽ばたいてキャサリンが続く。 途中振り返れば、キマイライーターは坑道の中央に泰然自若と踏み構え、全身に覇気を漲らせて蜂とコヨーテを食い止めていた。 「あれが|伝説の賞金稼ぎ《キマイライーター》……」 雑誌で読んだより遙かにすごい人だ。ピジョンの胸がときめき、背筋が伸びた後ろ姿に尊敬の念を覚える。 スヴェンを庇って立ち回る勇敢な背中をしっかりと焼き付け、毅然と前を向く。隣をひた走るスワローも思う所があるのか、珍しく寡黙だ。 待ってて母さん、絶対助けるから。 母さんや街の人がコヨーテの餌食になるなんて絶対いやだ。 悲劇を防ぐため最善を尽くす、それがキマイライーターに希望を託され送り出された兄弟の使命だ。 背後の剣戟が遠ざかる。 複雑に入り組んだ坑道を一直線に抜け、右に曲がり、分岐路を左に行き、ひたすらに地上をめざす。スワローの足取りには一切迷いがない。 ピジョンはそんな弟に遅れがちに、違和感が付き纏う体をひきずって辛うじて付いていく。 「っぐ……」 歩行の震動が足裏を遡り、胃袋の裏がしこる。一歩ごとに錘が足されていくみたいだ。 「この道で合ってる?」 「テメェも走ってきたろ。心配なら地図見ろ」 「ええと……待ってよ」 走りながらもたもた地図を開く。そして驚く。 「なんだこれ!?」 靴裏で滑って制動、両手に地図を広げて叫ぶピジョンを、大分先まで行ったスワローが振り返る。 「ンだよ一体」と苛立たしげに引き返す、その顔面に地図を突き付ける。 「コヨーテの涎と泥でべとべと……なに描いてあるかちっともわからない」 「マジかよ」 ピジョンが指先で汚そうに摘まんだ地図は、コヨーテの涎と泥に塗れて印刷が掠れ、殆ど使い物にならない状態だった。自分達の現在地すらろくすっぽわからない。スワローは地図をひったくり、即座に握り潰して捨てる。ピジョンは慌てる。 「なにするんだ!?」 「持っててもしょうがねーよ、あんな役立たず」 「なにも捨てることないだろ、スヴェンさんからの借り物なのに……」 完全に迷った。八方塞がりだ。一刻も早く地上へ戻ってクインビーの企みを伝えねばならないのに、自分達が遭難してどうする。体を張って逃がしてくれた、キマイライーターにも申し訳ない。 もうだめだ。なにもかもが絶望的だ。 腰の奥はずっしり重く、立っているのも辛い。 壁に背中を預けてずり落ち、心細げに膝を抱えて嘆く。 「俺たち、ここで死ぬのかな……」 「死ぬならお前一人だ。心中する気はさらさらねー」 「どうして酷いこと言うんだ」 「一緒におっ死ぬためにむかえにきたんじゃねー」 そんなに優しくねえよと吐き捨て、ピジョンの隣に行儀悪く片膝立て座りこむ。 電池を温存したい為、休息中は懐中電灯のスイッチを切っておく。 肩が触れ合う距離に弟がいる事実に、なんだか安心してしまう自分がおかしい。 きょう一日で色々な事がありすぎた。 とうに許容限界をこえた頭は上の空で、体のだるさも相俟って妙に現実感が乏しい。 まだ大事なことを伝えてなかった。 裸の胸にたれおちるドッグタグを片手で握り締め、目を閉じて深呼吸。 再び目を開いた時、口からするりと言葉が滑り出る。 「……ごめん」 「何が」 「お前のこと誤解してた。母さんを刺そうとしたって勘違いして、一方的になじって……あとから聞いた。全部早とちりだった」 「それで罪滅ぼしに連れ戻しにきたってワケか」 ごく小さく頷くピジョン。スワローが小馬鹿にして鼻を鳴らす。 横顔にはそっけない拒絶。無関心な目の色には、長い付き合いの兄への失望がありありと窺える。 それがすごく、こたえる。 「……でもお前もまぎらわしいよ、母さん説得するのにナイフで刺すパフォーマンス必要あった?第一危ないじゃないか、ビックリしすぎて心臓止まっちゃったらどうするんだ。ベッドカバーも悲惨なことになった、中の羽毛がとびでて後始末が大変だ。どうしてそう後先考えないで行動するんだ、行き当たりばったり教の信者かよ、理解できない。口で言やいいだけじゃん、俺を」 俺を守りたいならそう言えって?のろけかよ。 ピジョンは赤面し、華奢な膝を抱きしめて深々と顔を埋める。 「うるせえ。テメェがキレの悪ィ小便みてーに小出しにしちゃすぐ引っ込むのが悪ィ」 「そりゃ言い出せなかったのは俺が悪いけど」 「寸止めじらしプレイはシュミじゃねえ。生殺しはたくさんだ」 「せっかちだもんね」 「イライラがたまってたんだ。で、咄嗟に体が動いた。気付いたらナイフを持って……お前が傷付けられたらどうするか訊かれて……自分でもよくわかんねー」 何が正解なのか。 正解なんてあるのか。 あの時ナイフを手に取った理由すら、本当の所はよくわからない。 ただ無性にそうしなければいけない気がした。 ピジョンを守れるかどうか覚悟を問われ、咄嗟に|大事なものを守る武器《レオナルド》を持てないなら、今までやってきたこと、積み上げてきたもの、一切合切が嘘になる気がしたのだ。 ピジョンとの絆が試されている気がして、 「……知ってた。お前ってそうだよね」 せっかちで、言葉足らずで。 すれ違って、からまわって、誤解されて。 スワローは損な性分だ。曲がれないヤツなのだ、昔から。 こうと決めたら絶対そうするし約束を破る人間は許せない、ものすごい馬鹿でどうしようもなく愛おしい弟。 ピジョンはため息を零し、膝においた腕に顎をのっける。 「寝てるあいだにイタズラしたのも忘れないぞ」 「起きねーほうが悪い。挙句エロい声だしてビンビンにおっ勃ててんじゃねーか」 「お前に振り回されてぐったりしてた、カラダの反応まで責任もてないよ。てゆーかさ、普通やる?寝てるんだぞ?寝かせてよ普通に。昼は昼でしごかれて、夜は夜で言えないトコしごかれて、一日中気の休まる暇がないじゃないか。どうかしちゃうよ、頭がパンクする」 ピジョンの恨み言に珍しく殊勝に耳を傾け、レオナルドの切っ先で地面を突きながら、呟く。 「……寸止めされたから寸止めしたんだ。おあいこだろ」 「謝れよ」 「最後までヤッてねー」 「謝ったんだから謝れよ」 「こちとらお前といるだけで毎日が生殺しなんだ。一仕事終えて帰っくりゃ腹出してぐっすり寝てるし、無防備すぎてムラムラすんだよ。三年前の約束はどうなったんだ、お得意のうやむやか?都合よく忘れたフリすんな、自分可愛さにすっとぼけんな、お前が言ってくんのずっと待ってたんだ、無理矢理ヤんのは簡単なのにそうしなかった!寝てるあいだのイタズラくれェ大目に見ろよ、ヌイてやったんだから感謝してほしい位だ。挙句キャラじゃねーどギツいキスかましやがって、喉チンコも勃起する俺様の舌テクが丸潰れだ!!」 「アレは人工呼吸さ、誰が弟と好き好んでキスするもんか!」 「説得力ねーよ気分出して絡めてきやがって!」 「む、無理矢理シたんじゃないか……正気に戻すんなら他の方法なかったのかよ!?」 「殴ったら手が痛くなんだろ」 いけしゃあしゃあととうそぶく、憎たらしい横っ面を張り飛ばしたい。 「……もう行くぞ」 馬鹿話に付き合ってても埒が明かない、腹が立って無駄な体力を消耗するだけだ。派手な兄弟喧嘩をやらかしても利益がない。先に立ち上がったピジョンの後ろで着火の音。 スワローが煙草を咥える。 「そのライターお前の?」 「スヴェンから借りパクした。兄貴もヤる?」 「煙草は体に毒」 「蜂避けだよ。連中火と煙が苦手なんだ」 「……担いでないよな?」 「コレマジ。爺さんも言ってた」 正確には枕元に忘れられた煙草とライターをしめしめとスッたので借りパクですらない。スヴェンが目を離すのが悪い。 スワローがくしゃくしゃに潰れた箱を突きだし、ピジョンは葛藤の末、おそるおそる一本摘まんで唇に咥える。 喫煙には抵抗あるが、今は蜂とコヨーテのほうが怖い。連中を追っ払うならニコチンにも縋りたい。 懐中電灯が消えた暗闇の中、ごくささやかな衣擦れと互いの吐息が鼓膜をくすぐる。 兄弟の顔が緩慢に近付き、穂先から穂先へ火を移す。 チリ、と薄ぼやけたオレンジの火が燻り、互いに傷だらけの似てない顔が暴かれる。イエローゴールドとピンクゴールドの髪、伏し目がちの赤錆の瞳。鼻の先端が触れ、吐息の震えが伝ってくる。 スマートとはお世辞にも言えない、手探りのシガレットキス。 兄弟以上恋人未満の距離感を埋めるにはそっけなく、兄弟以上セフレ未満の距離感を補うには初々しく、どの引き出しに分類したらいいかわからない。 ……なんだか、初めてちゃんとキスした気がする。 暗闇の中で一瞬通い合った火と心が、睫毛が擦り合う瞬きのうちに離れていく。 兄弟以上、相棒未満。 分類するなら、一番しっくりくる。 「うめーだろ」 「うェっほごほえほ!!」 慣れた調子で上に紫煙を吐きだすスワローをまね、煙を吸い込んでおもいっきり噎せる。 「ばーか、吸って吐くんだよ。鼻と口から抜くんだ」 「ま、まずい……頭がくらくらする。最低の気分だ」 初体験の煙草の味は強烈で、吸い込んだ煙のせいで軽い眩暈をおぼえる。片手に煙草を預けスワローは呆れ顔だ。いがらっぽい咳がおさまるのを待ちもう一服、今度は上手く煙を逃がせた。 「無理すんなよ」 「無理してない」 「嘘こけ」 「全部終わったらもう一度、今度は二人で母さんと話そう」 スワローが不意を衝かれこちらを見る。 「もう逃げない。ごまかさない。My hands are tied……俺たちは手錠で繋がれてる。どっちか一方に押し付けてしらんぷりじゃない、|50:《フィフティー》|50《フィフティー》の|真っ向勝負《フェアプレイ》で挑むんだ。二人の将来のこと、一緒に切り出すんだ」 『My hands are tied』 何もできないでいる、自由にならない。手枷足枷をされている気分だ。 その慣用句を自流に引用し、煙と一緒に迷いの澱を吐きだした、清々しいまなざしで見返す。 「俺はお前と離れたくないし、お前もそうだ」 「……母さんがごねたらどうすんだ」 「その時はその時。わかってくれるまで説得するさ」 「できんの?」 「一人じゃ無理。お前とならイケる」 「ばかじゃねーの」 「世の中粘り勝ちだよ、我慢強さには自信あるんだ。二歳下の暴君に鍛えられたからね」 「……母さんとどっちが好き?」 どっちが大事、とは聞かなかった。聞けなかった。 優しすぎるコイツが、そんなの選べるわけないに決まってるから。 どちらが好きか訊くだけでも一生分の勇気を使い果たした。これからの人生で避けて通れないこの一言を直接本人にぶつけるまでに、随分回り道をした。 愛情という名の手錠と、執着という名の手錠と、どちらに繋がれたいかなんてわかりきってるから。 前髪が被さる瞳に切実な色を浮かべたスワローの問いかけに、ピジョンは微笑む。 「母さんとお前なら、ほっとけないのはお前だ」 わざわざ面倒くさい方を選ぶのは、きっと性分だ。 自ら手錠に繋がれたがる物好きも、まれにいるのだ。

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