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第25話

「休憩終了。とっとと行くぜ」 「うん」 しんみりした空気を吹っ切りスワローが体を起こす。この先の方針は決まった。まずなんとしても街を救う、母を助ける。その後に直談判だ。 そばに転がる紙屑を手のひらで几帳面に伸ばして折りたたむ。スワローがウンザリする。 「ンなもん捨てとけ」 「そうはいかない、借り物だろ。お前もあとでライター返せよ?」 「ヘイヘイっと」 「ヘイは一度」 「HEY」 肩を竦め受け流すスワローに念を押し、地図を回収する。コヨーテの涎でべとべとだが乾かせば使える……かもしれない。スワローが懐中電灯のスイッチを入れ、足元を照らす。ピジョンは壁に手を突いて途方に暮れる。 「現在地がわからないのは参ったな……」 「わかる」 「え?」 スワローが手の甲で壁を叩く。 懐中電灯が照らす岩肌に目立つ横線が刻み付けられている。 「あらかじめしるしを付けといた。コイツを辿りゃ上に出れるって寸法さ」 「……天才かよ」 スワローがナイフで付けたキズは地上へ至る壁に続いている。 懐中電灯に白々と浮かび上がるそれは、何にも増して心強い道しるべだ。ピジョンは弟を見直す。後先考えず行動する馬鹿だと思い込んでいたが考えを改めねばなるまい。 二人は再び走り出す。 先頭はスワロー、続くのはピジョン。 「迷子になるってわかってたのか」 「野生の勘で生きてる俺様と違ってテメェは方向音痴だかんな。念には念で目印は必要だろ?」 兄の尊敬のまなざしが自尊心と優越感をくすぐる。 勘違いは放っておけ。地図が使い物にならずとも壁のキズを順に辿れば帰還できる。 靴裏が地面を蹴る音が空洞に殷々と反響する。スワローは懐中電灯で壁を照らし、印の方角へ素早く舵を切る。 「ま、待って……もうちょっとゆっくり……」 「ぼやぼやしてっと手遅れだ、コヨーテに先越されてもいいのかよ」 「体がしんどいんだ……」 言われて振り返る。顔色が酷い。大量の脂汗に塗れ、よたよた付いてくるピジョンは尋常ではない。片腕を腹に回し、もう片方の手を壁にあてがい、今にもへたりこみそうな体を鞭打っている。さんざんコヨーテとビーにもてあそばれたのだ、すぐには回復しきらない。 「足手まといが」 スワローが兄の腕を掴んで引っ張る。ピジョンが「うぐっ!」と呻き、へっぴり腰でよろめく。抱きとめた体が熱い。発熱してる?吐息も妙に荒い。瞳は恍惚と潤み、頬にはあざやかに血の気がさしている。 「さわ、るな……」 「大丈夫かよしっかりしろ。さっきから妙だぜ?」 ピジョンがビクビク痙攣、スワローの手をふりほどこうとするも力が入らず失敗、弟に縋るよう膝を付く。腰が立たない。肌の表面がざわざわする。肛門には飴玉が深々と挿入されたまま、走り続ける間じゅうずっと前立腺を刺激する。 「ほっとけ……なんでもないからっ……」 スワローには絶対知られたくない、口が裂けても言えない。 小さい女の子に手も足も出ず慰み者にされたなんて、飴玉を三個も尻に突っ込まれてるなんて、恥ずかしくて言えるわけがない。過敏な反応は異物の挿入だけが原因じゃない。スワローはキマイライーターの言葉を反芻する。 『クインビーの分泌液は使い方と分量次第で劇薬にも媚薬にもなる』 媚薬。 「クインビーの体液をくらったのか」 「……」 「あのメスガキの蜜を飲まされたんだな」 俯くピジョンの前髪を掴み、力ずくで顔を上げさせる。 間違いない、ピジョンは劣情している。 悪寒と紙一重の快感に絶え間なく苛まれ変調をきたしている。 女王蜂のフェロモンをたんまり浴びた体は火照りと疼きを持て余し、尻に穿たれた飴玉はコリコリと前立腺を揉みこみ、尖った乳首がモッズコートの裏地と擦れるこそばゆさすらじれったい愛撫へと置き換えられる。 「は……ふ……」 モッズコートの裾に隠れているが、半勃ちの前ははしたない汁を滲ませている。 尻で感じるなんて認めない。 相手がクインビーでさえなければ、後ろの処女膜に飴玉を突っ込まれた違和感と激痛が勝っていたにちがいない。 女王蜂の体液は媚薬として働く。 ビーの唾液と愛液を、ピジョンは上と下の粘膜からたっぷり吸収した。 「ぁうっ、あくぅ」 異物を咥え込んだ痛みが薄らぐのと反比例し、肛虐の快感が増幅される。 本当なら走るのはおろか歩くのも辛い状態で、気力のみを頼りにここまでやってきた。 立ち上がれ、ぐずぐずするな。母さんがどうなってもいいのか。 頭の片隅に一握り居残った理性が急かす。歩けないなら這ってでも行く、最愛の母が危ないのだ。 焦慮と不安に浸蝕される胸中と裏腹に、粘膜から浸透した淫蕩な熱が高まっていく。 「ぅく、ぁうっふく」 ずくん、ずくん。芯が重く脈打ち、飴玉を欲張った尻穴が収縮。 モッズコートと擦れる素肌がたまらなく疼き、ボクサーパンツに包まれたペニスが窮屈に張り詰める。 スワローがいなければ今ここで出してしごいていた。 ソレはじわじわとやってくる。 ピジョンの腰をずぶずぶに煮溶かし、ぐずぐずに蕩けさせ、ケダモノへと化けさせる。 唾液の糸で繋がる半開きの口、赤く熟れた粘膜が卑猥だ。 弟の膝ににじりより、はだけたモッズコートの前からピンクの乳首をチラ見せ懇願する。 「スワロー、先、行って。後、必ずっ、追い付くから……」 スワローだけでも行かせなきゃ。母さんがあぶない。町の人だってただじゃすまない。 そんな大事な時に、ピジョンは発情して身悶えている。 内股で切なく膝を擦り合わせている。 ビーの体液が全身に回り、頭の芯が朦朧として正常に思考が働かない。 「俺、おいて、いいから……はやく……かあさ、……みんな、伝えないと……」 お願いだから、頼むから、そんな顔で見ないでくれ。 こんな情けない姿見られたくない、恥ずかしい顔見ないでほしい、軽蔑されたくない。 もう舌も回らない。スワローの膝に爪を立て、抉り、突っ伏し、しゃくりあげる。 弟の視線がざわめく素肌を這い回る。羞恥で死にそうだ。 尻の奥に嵌まりこんだ飴玉がコリコリと動き、「あぐっ、あっあぅ」とくぐもり喘ぐ。 兄を抱き起こしながら、すんと小鼻をうごめかせてスワローが訝しむ。 「やけに甘ったりぃ匂い……」 直腸の体温で飴が溶け出し内腿がべとべとだ。 「気のせいだろ……」 懸命に裾を引っ張り、内腿に濡れ広がる粘液を隠すピジョン。 皮肉なことに飴玉を入れたままデコボコ道を走らされたことで、中が一層こなれて感度が最大に高まっている。スワローを見上げる目には切迫した色、裾を握る手は震えている。耳朶まで真っ赤だ。 飴玉が入ってるってバレたら、コイツはどんな顔するだろうか。 どん引きするだろうな。 「早く、スワロー……」 「馬鹿言ってんじゃねーよ」 ピジョンの肩に腕を回す。 「あのオンナにゃあとできっちりツケ払わせる。テメェも踏ん張れ」 兄の肩をしっかり抱き、スワローが断言する。 ピジョンは唇を噛み、奥を刺激しないようごく小さく頷く。 スワローがほんの少し速度を落として走り出す。中が引き攣れる違和感に耐え抜き、呼吸を合わせて足を蹴り出す。イきたい。イけない。頭の中イくことしか考えられない、どうなっちゃったんだ俺は。 「もっとゆっくり……」 「これが最ノロ」 「見捨てていけよ……!」 「テメェは踏み台。じゃねーと俺が地獄に落ちた時困るだろーが」 「どういう理屈だよ……」 「もう八分目、あと一息だ」 汗ばんだ手と手の火照りすら今のピジョンにとっては刺激となる。 何分経過したのか、坑道が上がり坂になる。肌にあたる外気の流れを感じる。 ピジョンが落下した地点にはうず高く土砂が積もっている。この一階層上が出口だ。 スワローはそこらに転がった木箱をてきぱきと持ってきて、即席の階段を築く。 スワローが懐中電灯を咥えて上り、ピジョンがぎくしゃく這って続く。先にてっぺんを蹴って通路へ上がったスワローが「ほらよ」と手をさしのべる。スワローの手を掴んだピジョンの背中をキャサリンが居丈高に踏み付けていく。 縺れあって転がる坑道のはて、矩形の切り口から澄んだ星空が覗く。 「もうちょっとだ、根性出せよ」 「ぁう……」 五十歩、三十歩、二十歩…… ぐったりした兄を担ぎ直し、慎重に歩みを進める。ピジョンはへばりきって声もない。体がひどく熱い。モッズコートの前が揺れるたび覗く乳首が目に毒だ。 ピンクゴールドの髪はぐっしょりと汗に湿り、気怠く虚ろなまなざしがさまよっている。スワローが足を踏み出すたび「ンく、ぅく」と押さえた口から悩ましい吐息を漏らし、もう何度もドライでイきまくったようなフヤケ顔をさらす。 今ここでブチ犯しちまおうか? スワローは歯を食いしばり、ピジョンをひきずって突き進む。 「はあー空気うめー」 視界一面を満天の星空が占める。濃紺のビロウドに砕いた鉱石を撒いたような空だ。 地上に躍り出た時点ですでに疲労困憊だった。真っ暗闇の坑道から矩形の切れ目を抜け、ピジョンを放り捨てるや大の字に倒れこむ。 キャサリンが「コケ―ッ!」と一声嘶き、真ん中に躍り込んで川の字となる。 地面に耳を付ける。戦場はどうなってる?ここからでは分厚い地層に隔てられ戦いの趨勢もわからない。キマイライーターとスヴェンは無事か? クインビーは生きてるのか? 「スワロー……早く……」 ピジョンが苦しげに呻いて上体を起こす。 一息入れる暇もない、今度は街へ向け出発だ。 汗を拭って起き上がるスワローの目に、信じられない光景がとびこんでくる。 「ピジョンースワロー!」 鈍いエンジン音が轟き、見慣れたトレーラーハウスの巨体が採石場に乗り入れてくる。 運転席の窓から顔を出し手をぶん回すのは母で、助手席に座っているのは不安顔のキディ。 「母さん!?なんで」 「心配でもどってきちゃった」 「アタシが頼んだのよ、あの人がキマイライーターと坑道に潜ったって聞いて、いてもたってもいられなくて……あのロクデナシのこった、どうせ報酬に目がくらんだんだろ?てんで弱いくせに無茶しやがって、喧嘩じゃアタシにも負けるんだよ?そのクインビーっての、相当イッちゃってるヤツなんだろ?」 あっけらかんとのたまう母の隣、完全に停まるのを待ちきれず飛び下りたキディが、スワローに駆け寄ってくる。 化粧の禿げた顔には濃い疲労。心底スヴェンの身を案じているようだ。 「アンタだけかい?あの人は?キマイライーターも……」 「やっぱりここにいたのね、胸騒ぎにしたがって正解だったわ。スワローならきっと連れ帰ってくれると思ってた」 運転席から華麗に飛び下り、乱れ髪を夜風にそよがせ駆け寄る母。 ぎゅむと二人を抱きしめかわるがわる頬ずり、最後にキャサリンを抱き上げキスし、涙目で叫ぶ。 「無事でよかった、私の|小鳩ちゃん《リトルピジョン》、|燕ちゃん《ヤングスワロー》!キャサリンも!」 化粧崩れの憔悴も吹き飛ぶ、輝かんばかりの笑顔が花開く。 兄弟の頭のてっぺんから爪先まで検め、怪訝そうに尋ねる。 「ふたりとも酷いカッコね、全身泥んこよ、お洗濯が大変だわ。どうしたの?砂場遊び?」 「空気は読まねーがタイミングは読んだな。ちょうどよかったわ、俺たちを車にのっけて街にひとっ走りしてくれ」 「え?今きたばかりなのに……」 「そーゆー問題じゃねえ」 「スワローの言う通りだよ、いま下が大変なんだ。キマイライーターが女王蜂と戦ってて、がんばって独りで足止めしてるけど保たなくて……クインビーは特別なフェロモンをばらまいて生き物を操る、人間も動物も意のままだ。それでコヨーテをけしかけて、ロータスタウンを襲わせようとしてるんだ」 「なんですって!?」 脳天から素っ頓狂な声を発する母。傍らのキディも目を丸くする。 生きて再び母の顔を見れたのは嬉しいが、感動の再会に浸ってる時間はない。 スワローとピジョン交互の説明を受け、神妙な顔になった母とキディに、さらに噛み砕いて話す。 「コヨーテは坑道の奥に隠れてた。今じゃすっかりビーの手下だ」 「どーりで姿を見ねェわけだ、連中まだ大勢いたぜ、じきこっちにやってくる。腱を切ったのはさすがに立てねーだろうが……」 「街を襲わせるって……何が目的で?」 「そうだよ、そんなことして何の意味が」 さらに詰め寄るキディと母に挟み撃ちされ、ピジョンとスワローが次の言葉を放とうとした― その時。 ―「意味?目的?みんながあたふたするのが楽しいからよ、とってもね!」― 澄みきったソプラノが夜空高く響き、同時に鈍い地鳴りが轟く。 足元から突き上げる重低音を伴う震動。大地が激しく揺れ動き、三半規管が攪拌され距離感と方向感覚が混迷。 次の瞬間、スワローたちを吐きだした坑道の出入り口が崩落、なだれを打った土砂に埋もれ去る。 「あ……あぁ……」 ピジョンが立ち竦む。隣のスワローも棒立ちだ。 手も足も出ず見守るしかない一同の眼前で、崖の裾野が脆くも崩れ、坑道への唯一の出入り口が完全に閉ざされた。 「いきなり何……ちょっとスワロー、アンタさっき下がどうとか言ったね。まさかスヴェンはこの中に」 「危ないから近寄っちゃだめよ!」 「はなしてよ、スヴェンが中にいるんだ!そろそろ身を固めようって迫るたんびにのらくら逃げまくって、こんなしまらないオチ承知しないよ!」 色を失い慄くキディが、ふらふらと土砂の小山へ歩み寄るのをうしろから母が抱きとめる。 「あらら、土葬はお気に召さなくて?好きな人と一緒のお墓に入れないのは哀しいわよね。そうよ、それはとっても哀しいことよ」 愛らしい囀りがすぐ後ろで聞こえる。 周囲に濛々と立ち込める砂煙、幾筋もたなびき薄れ去るその中から小柄な影が歩み出る。 「出たなメスバチ」 「嘘だろ……キマイライーターは?!」 自然に寄り添い身構えるスワローとピジョン、キディを背に庇い息子たちと詰める母、警戒を強める全員の目の前で次第に砂煙が晴れていく。 コヨーテが月に吠える。次々と遠吠えが続く。 空気を波状に震わせて広がる咆哮の中心点、スカートの裾をあくまでお上品にはたいて埃を払い、琥珀の目をした少女はニッコリほほえむ。 「生き埋めって苦しいわよね?」

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