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第2話

天啓の儀を受けてから1年が経った。 儀式が終わってからは随分と落ち込み、一週間は食欲もなく使用人達を随分と心配させたが、一年経てば何とか立ち直り今では冷静に未来を受け止めることが出来ている。 当主の父親には「殿下との素晴らしい結婚式の未来を見て感傷に浸っているのです。」と誤魔化しはしたものの、優秀な執事の目までは誤魔化せなかったらしく、随分と心配させてしまった。 しかしそれでもあくまで結婚式の未来を見たことを突き通し、周りを気に病ませることはしないようにしようと振る舞った。 何より、幼少期に妻を亡くしてから男手ひとつで頑張って来た優しい父の気を病ませたくはない。 あれはあくまでそのままでいたら起きる未来なのだ。つまり今のままではいてはいけないということ。 今まで以上にしっかりと努力していれば、未来は回避することが出来るのだと神の心が教えてくれたのだ。だから努力し、改善し、励めと。 それに明日は王立学園の入学式だ。悩んでいる暇はない。 王立学園は国中の貴族の子息達が集まるだけてなく、平民でも優秀な子は入学の権利が与えられる。 その為学業のレベルは高く、王立学園の権威も保たれている。 王子の婚約者として、恥ずかしい人間ではいけない。 本格的は学業が始まるのは明後日からだが、その為にアレンシカは自室で予習の為に今日一日を使う予定だった。 一通りの教科書に目を通し切った時だった。 静かな空間にノックの音が響いた。 「アレンシカ様。」 「どうしたの。」 「……ウィンノル殿下がお越し下さっているのですが……。」 「え……すぐ向かいます!」 声を掛けてくれた執事を置いて、自室から飛び出てそのままはしたなく応接室の扉を開けようとしたのを思い留まり、深呼吸して落ち着いて扉を開けた。 その瞬間目に映るのはよく晴れた日の光に透き通る、深い海のような青。 そこには紛れもなく婚約者でこの国の第二王子が窓辺に立っていた。 「ウィンノル殿下。」 美しい婚約者の姿を見て挨拶の前に思わず名前を呼ぶと、いつもと同じ見慣れた不機嫌そうな表情を浮かべたウィンノルはゆっくりと振り返る。 「こんにちは、ウィンノル殿下。本日は……。」 「ふん、明日は入学式だからな。リリーベル家に挨拶に行けと兄上と義姉上から言われたからうるさく言われたから来ただけだ。俺はこんなところなど来たくなかった。」 「……はい。お手数をお掛けしてしまって申し訳ありません、殿下。」 目は合わない。いつものこと。 そのまま無言の空間で、自分は扉の隣りに立ったまま。 自分の家であろうと王子の手前、先に座ることは出来ない。 慣れた執事が恭しく紅茶の用意をするも、ウィンドルが席に座ることはなかった。 「長居をする暇は俺にはない。」 リリーベル当主や兄の耳に入るからだろう。リリーベル家に寄ることはあっても、ウィンノルが長居をすることも、席に着いてアレンシカと談笑をすることも一度もしたことが無かった。 6歳の時から婚約者として一度も。 兄の第一王子のユースとその婚約者フィラルとはとても仲が良く、気に掛けてくれているが、この目の前の婚約者からは婚約当初から大分疎まれている。 最初は子供心に悲しく、嫌だと思ったこともあったが、ある程度精神的に成長した今ではそれはもっともなのかもしれないと思う。 まだ恋を知る前に、ただ家同士で利益に繋がるからと結ばされただけの婚約関係。 初めて会った時から淡い恋心を育てたアレンシカとは違い、ウィンノルにとってのアレンシカはただ婚約者の立場にいる人間でしかないようだ。 「俺は学園にいる時まで、お前と馴れ合うつもりもない。そのつもりでいろ。今日話すことはそれだけだ。」 そのまま一度も目を合わすことなくアレンシカの横を通り過ぎる。 「せめてお見送りを……。」 「必要ないといつも言っている。」 これもいつものことだった。 そのまま一度も振り返ることなく足早に去って行く婚約者の後ろ姿を見ながら、アレンシカは思った。 この冷たい婚約者が、家同士の柵から逃れ大々的に婚約破棄を宣言するほど深く愛する、未来の恋人は一体どんな素晴らしい人なのだろうか、と。

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