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第8話

午後の授業も終わりまだ一緒にいたいなという目をするエイリークと名残惜しくも別れた後、迎えに来た馬車に乗ってアレンシカは屋敷に帰る。 学園を出る前にウィンノルが誰かと親しそうに話していたのがちらりと目には入ったが、揺らいだ内面は少しも出すことなく平然としてそのまま学園を出た。 それくらいで慌てたり、何か言ってはいけない。いつものことだろう。第二王子と婚姻する者として堂々としてなくてはどうする。たとえ未来で破棄されようとも。 アレンシカは天啓を受けてから、更に自分に強く言い聞かせていることを心の中で繰り返した。 馬車が屋敷に到着すると表に数カ月ぶりに見た馬車が止まっていた。 それを見ていつもは帰ってすぐに部屋に戻るのを止めて慌てて応接室に向かった。 少しだけ身構えてから扉を開ける。 「ユース様、フィラル様。」 「おかえりーアレンちゃーん。」 「お疲れ様だったなアレンシカ。」 扉を開けた瞬間何者かに抱きしめられる。 こんなことをするのは昔から一人のみ、第一王子ユースの婚約者フィラルだ。 彼は昔からアレンシカを気に入って可愛がっており、会う度に挨拶として抱きしめられていた。 いつも一緒のユースはというと、勝手知ったるという様子で紅茶を飲みながら寛いでいる。 「ただいま帰りました。おまたせして申し訳ありません。ユース様。フィラル様。」 「さっき来たばかりだからそんなに待ってないぞ。」 「もう!俺のことは『お姉ちゃん』でいいんだっていつも言ってるのに。」 「……僕はまだ身内とはいえない状態では恐れ多くとてもですが。」 「ウィンノルの婚約者なんだから堂々としてていいんだってば。もう!」 「フィラル、その辺にして戻って来い。少しアレンシカが苦しそうだ。」 ユースに呼ばれたフィラルはぎゅうぎゅう抱きしめていたアレンシカから離れて、ユースの隣りにすっぽりと座った。 アレンシカは一言断った後ユースの前に座ると、目の前に用意された紅茶を一口飲んだ。 ユースとフィラルは、ウィンノルとアレンシカとは違いすでに結婚は規定路線で、二人は留学期間が終わり次第結婚をする予定だ。 その上ただ家同士の都合だけの存在ではなく、幼少期からお互いに心を交わし気遣い、愛し合って関係を築いている。 アレンシカにとっては二人は見ていると自分の無力さを思い知らされていたが同時にとても尊敬し憧れていた。 特にフィラルは天真爛漫で一見そうとは見えないが、一度大勢の人前に仕事として出るとその天真爛漫さを隠しキリッとした目でテキパキと行動する優秀な人物で、同じく王子の婚約者の立場のフィラルはアレンシカにとって昔から尊敬している将来の目標だった。 「今日はたまたま公務でこちらに戻ってきていたから、入学祝いも兼ねて少し寄ってみたんだが。」 「そうでしたか。お疲れ様でございます、ユース様。フィラル様。」 「またそうやって呼ぶ!」 「……その様子だと、まだウィンノルとはわだかまりが溶けてはいないようだな。」 ユースのその言葉に、部屋はしんと静まった。 「……僕が至らないのがいけないのです。僕がきちんと婚約者として振る舞えていないので。」 「アレンちゃんはちゃんとしてるよ!ダメなのはウィンノル!」 「いいえ。僕が、」 「違うってば。学園に入っても大人げないウィンノルのせい!」 「落ち着けフィラル。」 ユースがフィラルを宥めた。 フィラルはいつもアレンシカよりも怒ってくれるので、いつもそのおかげで溜飲が下がっている。 そしてヒートアップしたフィラルを宥めるのがいつもの光景だ。 「……とりあえず、アレンシカ。ウィンノルはあんな奴だけど、すまないが婚約者としてよろしく頼む。あいつは……。」 そう言って何か言い淀む素振りを見せた後、ユースはもう一度アレンシカに頼むと言った。 「何かあったら、遠慮なく俺に言ってね。キツくぶん叱っとくから!」 「いえ…。」 なんて言ったらいいのか分からない手前、自分の不甲斐なさとウィンノルの兄であるユースに申し訳がなくて下を向くしかないアレンシカに、フィラルが側に行きふんわりと抱きしめた。 「大丈夫だからねアレンちゃん。ユースもね、俺のことを選んでくれたの。だからウィンノルも絶対にアレンちゃんを選ぶからね。」 そう再び抱きしめられたが、尊敬するフィラルの言葉でもアレンシカには信じることが出来なかった。

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