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第1話護る者

 三月の終わり。  春休みに入り、俺たちは表面上、平和な時間を過ごしていた。  俺が庇護している双子のひとり、アルはデートでいない。  兄の方のオミは休みなのをいいことに全然起きてこなかった。  だからと言って起こすのは可哀そうに思い、放っておいている。  家事を済ませ、自室で煙草を吸う。  最近煙草の本数がまた増えてしまい、双子には嫌な顔をされている。  オミとアル。  このふたりの両親は六年前に亡くなっている。  ふたりを引き取った義父と義母はアルファとオメガの夫婦だ。オミはアルファ、アルがオメガと判明し、義父母のそばにいては苦しめてしまう、と悩んだふたりは、高校進学を期に家を出て俺と暮らしている。  そもそも俺はふたりを守るために国があてがった護衛であり、アルは俺の番になるはずだった。  だから同居は好都合だったけれど、ひとつ問題があった。  俺が愛しているのはオメガではなく、アルファである兄の方。  八歳も下の、十七歳の少年に俺はずっと振り回され続けている。  遅い発情を迎えたアルは、俺の手をすり抜けていき、違うアルファと番になってしまった。  アルのことはちゃんと好きだったけれど、アルにオミの影を見続けていたのは事実だし、アルはそれを見抜き結局苦しめてしまっていた。  そして今。  愛するオミとふたりきりなのだからいくらでも手を出せるけれど……俺は彼に、キスより先の事をした事がない。 「大事すぎて、何にもできないんだから笑っちゃうよね」  自虐的に笑い、俺は煙草を片手にスマホを手にする。  メッセージアプリを開き、俺は愛人のひとりにメッセージを送った。  相手は稔。二つ下の警察官だ。双子に間違われるほど俺と似ている彼は、アルファでありながら俺の愛人のひとりでもある。  俺にとって、オミの身代わりでしかないけれど、それでも構わないと言い、俺の都合に合わせて稔は呼び出しに応じる。  呼ぶ、と言ってもこの部屋ではない。  セックスするための部屋はちゃんと他に借りている。  明日、オミとアルは義父母の家に行くことになっている。その間なら時間ができる為、稔を抱き潰すくらいできるだろう。 『リンさん、俺、明日は出勤ですが……』 『別に抜け出せるでしょ? それともしたくないの?』  もう一週間以上、稔とはしていない。  アルを抱いていた頃、俺はその時いた愛人をほとんど切ってしまった。  残っているのは稔だけだ。  稔も俺のようにセックス依存の節がある。  いや、そうさせたのは俺かもしれない。  稔と関係を持って六年ほどになる。この六年で、稔は俺が望むときに身体を開き、俺が何をしても拒絶せず、俺が望む言葉を吐くようになった。 『わかりました。明日、午後一時にいつもの部屋に行きます』 『素直ないい子は好きだよ、稔。じゃあ、また明日』  そこで俺はスマホを閉じ、煙草を灰皿に押し付けて別の煙草に火をつけた。  その時、ドアをノックする音が響き、慌てて点けたばかりの煙草を灰皿に置く。  椅子から立ち上がり、俺はドアへと向かった。  ドアを開けると、胸元まで伸びたまっすぐな黒髪を垂らしたオミが、灰色がかった黒い瞳で俺を見つめ、言った。   「髪、切りに行きたい」 「……え?」  唐突な言葉に、一瞬何を言われたのか考えてしまう。  オミの、眼鏡の奥の瞳は眠そうではあるけれど、真剣には見えた。 「ほら、もう、僕はアルを守る必要がなくなるから……だから、やめようと思うんだ」  寂しそうに笑い、オミは言う。  やめる、というのはオメガを装うことだろうか。  オミは、弟でのアルを守る為にずっと、オメガのふりをしてきた。  それが彼の存在意義であり、生きる理由にもなっていた。  そのために自分がどれだけ傷だらけになろうと、オミはオメガのふりをやめようとしなかった。  でも。  アルに番が現れた今、もう装う必要なんてない。  オミは、オミとして生きればいい。  俺はそう望んでいる。 「あのね、リン。僕、秘密にしていることがあるんだ」 「秘密って何」 「僕、身長低いでしょ。ずっと、成長止めてたんだ」  何を言われたのか一瞬理解できず、俺は瞬きをしてオミを見た。  オミの身長は今百六十五前後だろうか。  長く伸びた黒髪と、二重の大きな瞳のせいで女性に間違われることもオメガに間違われることも多い。  オメガに間違われ、誘拐されて輪姦されたこともある。  それでもオミは、オメガのふりをやめようとはしなかった。 「止めるってどうやって……?」 「え? どうやってって言われると困るんだけど……力使ってって言えばいいのかな。僕の力で成長を止めてたんだ。中学から。でも、もう必要なくなったから……髪切って、止めていた物、全部動かそうと思って」  言いながらオミは髪を掻き上げる。  この子は色々と特殊であると思っていたけれど、そんなことまでできる、という事実が受け止めきれない。 「だからさ、ねえ、リン。髪、切って、全部動かすよ。でも地獄の苦しみ、味わうのかな。成長痛ってすごく痛いんでしょ。アルが辛いって言ってたし」  オミとアルには白人の血が流れており、とっくにアルはその血が色濃く出ているためオメガにしては背が高い。  中学から高校にかけて、アルは一気に背が伸びたため、痛くて眠れない、と言っていたことがある。 「ねえ、オミ。君が止めていた成長ってどれくらいの期間なの?」 「え? えーと……」  オミは指を下りながら数え、 「三年くらいかな」  と答える。  三年の成長が一気に来るとしたらそれは痛いどころの騒ぎではないのだろうか。  特殊すぎて何も言えないけれど、髪を切りに行きたい、という望みは叶えたいと思う。 「美容室、予約とるから待って」 「うん。あと、ねえリン」  スマホを取りに部屋に戻ろうとする俺の腕をオミが掴む。  オミは、そのトラウマから、人に触れるのも触れられるのも嫌がる。  戸惑いオミの顔を見ると、彼は目を伏せしばらく沈黙した後、小さく言った。 「話が、あるんだ」  いったいどんな話だろうか。  この様子では、あまりいい話じゃなさそうだ。 「ちょっと待ってて。予約先にするから」  この部屋にオミをいれたら、俺の理性はきっともたない。  そう思い、部屋の外でオミを待たせ、午後の早い時間に美容室の予約を取った後、俺は部屋を出た。 「予約、取れたよ。話すならリビングに行こう?」  そう声をかけえるけれど、オミは動かない。  何かを迷っているのか、顔を伏せたまま黙ってしまっている。  このままここで立っているのもどうかと思い始めた頃。  オミはかけている眼鏡を外し、それを着ているパーカーのポケットに突っ込むと、俺の首に腕を絡めた。  灰色がかった黒い双眸が、切なげに細められている。  オミが自分からこんなことをしてくるのは初めてだ。  彼は弟には絡むけれど、それ以外の相手には近づくことすら怖がることがある。   「ねえ、リン。僕が高校卒業するまで、待ってくれる?」 「……待つって何を」  その細い腰に手を回し、俺は問いかける。 「キス……より先の、こと……その……」  声を震わせ、オミは黙ってしまう。  オミは、輪姦されたせいで性的なことを極度に嫌う。  その時の記憶は、悲しみや辛い記憶を消すことができる能力者、紫音によって消されているはずだけれど、傷は深いらしく、完全に消えているわけではないらしい。 「僕が……トラウマを克服できるまで、リンは待ってくれる?」  俺はもうすでに六年待っている。  あと一年加わったところでどうってことない……と思う。  それは自信が持てないけれど。 「急にどうしたの、オミ。そんなこと言いだすなんて」 「それでもリンは、僕の事欲しいって思うの?」 「欲しいよ。今更一年待つくらいどうってことないよ」  この子には自分しかいない。  心も身体も傷だらけのオミを誰が支えられるだろうか?  それは自分の役割りだと、俺は思っている。  オミがちゃんと自分で歩けるようになるまでは、俺は彼を手元に置いておきたい。 「俺はずっと、オミが好きなんだから」 「リン……」  唇が触れるか触れないかの距離まで、オミは顔を近づけてくる。  今日はずいぶんと積極的だ。  やはりアルに番ができたことが大きいのだろうか。  オミにとって、アルがすべてだったから。  迷うオミに、俺は触れるだけのキスをする。  これ以上したらきっとトラウマを刺激してしまうだろう。  オミに対して、性的なことは慎重に進めていかないと、彼はパニックを起こしてしまう。 「リン……」  頬を赤らめ、俺を見つめる表情に色っぽさを感じ、これ以上はまずい、と思いそっと、彼の身体を引き離した。 「ほら、リビングに行こう。オミ、朝食まだなんだから」 「……うん、そうだね。言われてみたらお腹空いてきた」  と言い、オミはお腹に手を当てた。

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