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第7話 オメガ
家に帰るなりオミは部屋に引きこもってしまい、捨てられた子犬のような顔をしたアルはテレビを点けて音楽番組を流す。
「何か飲む?」
アルにそう声をかけると彼は首を振り、
「自分でやるから大丈夫だよ」
と言いキッチンへとやってくる。
「俺、部屋にいるから」
「わかった」
俺は俺で自分の飲み物――コーヒーを用意して部屋に向かい、中に入るなり煙草に火をつけた。
そして椅子に腰かけ、紫煙を吐きだす。
この後昼食を作らないと。休みの日の昼食は大抵うどんかパスタなどの麺類だ。
冷蔵庫の中身を考えながら俺は昼食のメニューを決める。
そして、二本目の煙草をつけたとき、今日すれ違ったオメガの事を考えた。
アル、というオメガを抱いてきたけれど、俺は彼のうなじを噛んでむりやり番にすることができなかった。
オメガが欲しい、という本能よりもオミが欲しいという感情のほうが上回ったからだろう。
だから結局アルを番にできずあの同級生にかっさらわれてしまった。
「俺の物を奪おうとするなら、叩き潰さないとね」
オミがオメガであったならこんな想いを抱えなくて済むのに。
いいや、彼がオメガではないから手の届かない彼が欲しいのかもしれない。
自分でも歪んでいると思うこの感情は、自分でもどうしようもない。
結局煙草を三本吸い、二十分ほどが経ったときスマホが鳴った。
相手はアルで、
『オミが吐いたんだけど、大丈夫って言われて相手にされない』
とメッセージが書かれていた。
彼が吐くこと自体は珍しくないけれど、アルのほうが落ち着きがないのが少し気になるだろうか。
なぜ番ができたアルのほうが不安定になるんだろうか。
『そろそろお昼を作るし、俺が様子を見るから』
そう返信すると、
『最近なんか冷たいんだけど何でだろう』
と返ってきた。
弟離れをしようとしている兄と、兄離れができない弟。
あのふたりは通じ合っているものだと思ったけれど、アルの環境が変わったことで徐々にふたりの関係は変化している。
それがアルには理解できないのだろう。
しばらくアルは兄に振り回されるんだろうな。早く気がつけばいいけれどきっと無理だろう。
そう思いながら俺は立ち上がり、部屋を出てリビングに向かう。
すると、そこにはソファーに寝転がってふてくされるアルの姿があった。
「オミは部屋?」
「たぶん」
そう答えたアルは明らかに機嫌が悪そうだ。
「なんで最近冷たいのかな」
「君に番ができたからでしょう」
早くオミを見に行きたい衝動を抑え、俺はアルの相手をする。俺まで彼を放っておいたら、それはそれで面倒なことになりそうだからだ。
「だからってなんで俺に冷たくなるの?」
悲しげな顔になり、アルは身体を起こして俺の方を見つめる。
「弟離れしようとしてるんでしょ」
「別に俺は前みたいな関係でいいのに……」
それは無理だろう。
ふたりは異常なほど依存しあい執着していた。
「俺がいるから大丈夫だよ」
「その方が心配なんだけど……だって、オミは男で……アルファだよ?」
「そんなこと、俺には関係ないことよく知ってるでしょ?」
アルは知っているはずだ。
俺にはアルファの愛人がいることを。俺の言葉にアルは黙り込み、俯いてしまう。
「知ってるけど……」
「俺はオミ以外に興味ないから。ねえアル、君も兄から離れる時期なんだよ」
離れようとする兄に対して、べったりとしようとしたらアルは傷付くだけだろう。
そして、拒んでいるオミもまた傷付く。
それは見たいものではないので、アルはアルで自分の世界で生きたらいいと思う。
アルはスマホを取り出し、何やら操作したあと立ち上がる。
「俺、ちょっとでてくる」
明らかに落ち込んだ様子でリビングを出ていき、しばらくすると玄関を開く音が聞こえてきた。
きっと彼氏のところに行くのだろう。
俺もオミのところに行かなければ。もしかしたらデパートにいたオメガに気がついたのかもしれないから。
オミの部屋をノックすると、中から返事はなかった。
「入るよ」
そう声をかけてドアを開けると、彼は床に座布団をしいて伸びていた。
起きているのか寝ているのか。
こちらに背を向けているためわからない。
俺は扉を後手で閉めて、彼に近付き膝をおって彼の後ろで座り込む。
「吐いたって、大丈夫?」
「……匂いが……」
そう呟き、ゆっくりとこちらを振り返り身体を起こす。
苦しげな顔で彼は続けた。
「デパートで匂いがした」
そして、彼は俺の首に絡みついてくる。
「なんの匂い」
「……あれ、オメガの……」
と言い、彼は大きく息を吐く。
「それで気持ち悪くなって……なんでかな、アルは大丈夫なのに」
「兄弟、だからでしょ」
「兄弟でも抱きたくなるものなの? 僕はアルなら抱けたのに、でも僕は……兄なんだ」
そして俺に抱きつく腕の力が強くなり、俺は彼の背に手を回した。
「アルファとオメガの兄弟なら時折聞く話だよ」
アルファが兄弟のオメガを監禁して子供を産ませる例は少ないとはいえ存在する。
「僕はそんな自分が嫌いだよ」
吐き捨てるように言い、彼は俺の首元に顔を埋めた。
兄弟に欲情しそんな自分を嫌悪する。異常であり正常な反応、としか言えないけれど、それで彼が傷付くのは嫌だと思う。
オミは俺の首に顔を埋めたまま呟く。
「……煙草の匂いがする」
「ああ、三本吸ったからね」
「この匂い、好きじゃないけど今は落ち着く」
落ち着くならいいけれど、俺の気持ちのほうが落ち着かない。
彼が弟に欲情するように俺は君に烈情を抱くのだから。
卒業するまで待って欲しい、という言葉が重くのしかかる。
「オミ」
「何」
俺は彼の顔を見つめ、そして唇を重ねた。
抵抗はなく、彼は自分から唇を開き俺の舌を受け入れる。
たまらず俺は彼を床に押し倒して、深く口付けた。
「ん……」
舌の絡まる音が響き、さらに俺を煽り立てていく。
「り、ん……」
口付けの合間に甘い声が俺の名を呼ぶのが心地いい。
これ以上はだめだ、という自制はきくから、キス以上のことはしない。
けれど角度を変えて彼の口の中を味わうくらいいいだろう。
オミも拒絶せず、俺を受け入れているのだから。
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