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第6話買い物

 桜が満開の季節を迎えた四月の始め。  オミの背が明らかに伸び始めた。  アルは不思議そうな顔で兄を見て、 「そんなに急に伸びたりする?」  と問いかけた。  もともとふたりの身長差は十センチほどあったが、その差が少しずつ縮まっている。  オミは首を振り、 「だって、もう、僕は擬態する必要なんてないから」  と言い、尚更アルを困惑させていた。 「擬態ってなに?」 「何でもないよ。それより早く出かけたいんだけど?」  と言い、オミは玄関へと足早に向かって行った。  オミは背が伸びてきたため、服のサイズが合わなくなったから新しい服が欲しい、と言い出した。だからと言って、アルの服は合わないし、俺の服はさらに無理なので、服を買いに行くことになった。  彼が自分から外に行きたい、と言うのは珍しい。 「ちょっと待ってよ俺も行くんだから!」  そう声を上げ、アルは兄を追いかけていく。  アルは兄への依存傾向が強い。  番ができた今でも、それは変わらないらしい。   「今日は出かけないんだ」 「そんなしょっちゅう出かけないよ」  などというやり取りが聞こえてくる。  俺は騒ぐふたりを追いかけ、玄関へと向かった。  車で向かうのは、駅近くにあるデパートだ。  オミは人が多い場所を嫌がる。  郊外にあるショッピングモールは論外だし、ファストファッションの店も嫌がったため比較的客が少ないデパートに落ち着いた。  比較的若者向けの店で、双子があれこれ言いながら服を選んでいる。  俺は少し離れた場所でその様子を眺めていた。  アルと並ぶとよくわかるけれど、本当にオミは背が伸びた。  アルは確か百七十五センチほどで、オミは百六十五センチ位だったはずだ。  十センチほどあった身長差は、今は五センチほどになっている。  オミ本人が言っていた、成長を止めていた、というのは事実なのだろう。  となるとまだ伸びるのだろうか?  身長が大きくなろうと、俺の想いは変わらないけれど。  小一時間ほど経ったか、袋を提げたふたりが店を出てくる。 「俺はあっちの方がいいと思うけどなあ」 「なんで僕がアルの好みに合わせなくちゃいけないのさ」  などと言い合っている。  ふたりが言い合うなんて珍しい。  もともとこの双子は互いに依存しあっているふしがあったけれど、アルに番が出来てからオミはあからさまにアルに対して冷たくなっている。  けれどアルはそれがわからないらしく、兄にべったりくっつく。 「にしても急に背が伸びたよね。もしかして、俺越される?」  言いながらアルはオミの頭に手を触れようとする。  けれどひょい、と逃げられてしまい、その手は空振りとなってしまった。そのせいか、アルが捨てられた子犬のような顔になる。  少し可哀そうに思うけれど、オミはオミで、弟から離れようと思っているのだろう。  アルも番がいるのだから兄離れをしたらいいのに、彼はまだ、そこまでは至れないらしい。 「ほら、買い物終わったなら帰るよ」  そうふたりに告げ、俺はエスカレーターがある方を指差す。 「はーい」  オミはそう返事をし、すたすたと歩き始めてしまう。 「あ、待ってよ、オミ!」  その後を追いかけるアルの背中を見つめ、俺は着ているジャケットの胸ポケットにしまってる煙草に触れた。  俺はヘビースモーカーだ。  ふたりと一緒にいるときは我慢するようにしているけれど……やはり一時間以上吸えない時間が続くと辛い。  オミは外を歩くのを嫌うため、あとはもう家に帰るだけだろう。  俺はふたりの後を追い、早足でフロアを行く。  その時。すれ違った二十歳前後と思われる青年から匂いがした。  これはオメガの匂いだ。  振り返りたい、という衝動を抑え、俺はふたりを追いかける。  アルファとオメガ。  合わせても全人口の一パーセント以下と言われている。  だから偶然すれ違う、という確率はかなり低い。  と言う事は誰かの思惑でオメガが俺たちの前に現れたのかもしれない。  どこの先進国もそうだが、国はアルファを増やしたい。そして、強い力を持つ能力者を増やしたい。  だから、アルファやオメガは国が管理している。  この町に住む能力者もそうだ。  住人の大半は生活がちょっと楽になるかも、くらいの力しか身につかないが、中には異常に強い力を持つ者がいる。  俺のように。  あの双子のように。  オミは炎を、アルは風を操る。  その力は、学校の校舎ひとつ容易に壊してしまうだろう。  その力は遺伝する、という研究結果があるらしく、何が何でもオミに番をあてがいたいらしい国は、しつこく見合いを薦めてくる。  今はまだ、ふたりの養父母……主に養母が反発しているため本人にまで話はいっていなはずだが、成人年齢で結婚可能年齢である十八になったらどうなるか。   「俺は誰にも渡す気はないんだけど」  エスカレーターに乗りながらそんな呟きが漏れてしまう。 「え? リン、なにか言った?」  不思議そうな声を上げ、アルが振り返る。  俺は微笑み首を横に振り、 「なんでもないよ」  と答える。  誰が現れようと、彼を誰にも渡す気はない。  オミは……俺が番にするんだから。

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