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第10話

 潰されてしまった休暇をまるで取り戻すかのように、大和は蒼とダンススタジオのシャワールームであんな行為をしてしまったことに、ひとり頭を抱えている。   大和はあの時、自分がグループのリーダーだということなどあっさり捨ててしまった。自分が何を考えあんな行動に出たのか。本当に理解に苦しんでしまう。  蒼が深く悲しんでいると思うと、大和は居ても立っても居られなかった。でも、だからと言って一か八か賭けでもするようにシャワールームに入ったことは、リーダーとしてひどくあるまじき行為だったと反省している。大和はそこで蒼とそういう行為をしたいという欲望があったことを否定できないからだ。 (俺は蒼と深い関係になったことを後悔しているのか?)  そう自分に問いただしても、蒼との行為から得られる幸せはそんな後悔など容易く凌駕してしまう。大和はそれが怖い。蒼という男の深い沼にハマり抜け出せなくなりそうだからだ。あいつはどこまで大和をハマらせれば気が済むのだろう。その魅力に抗えず屈服している自分が信じられない。確かに、昔から穏やかに自分を受け入れ、いつでも優しく接してくれた蒼の存在は大和の心の拠り所だった。もし蒼が大和の前からいなくなったら自分はどうなってしまうか考えようとしても、大和はいつもそんな世界が全く想像できなかった。そのくらい蒼の存在は大和にとって必然だったからだ。それは大和たちがこんな関係になる前から変わらない、二人の深い関係。 (そう。それで良かったはずなのに、どうしてこんことになったんだろう……。)  考えても無駄だと分かっている。蒼の存在が大和の必然なら、その必然が突然変異という形で恋に変わってもおかしくはないのかもしれない。 (いや、おかしいよ。どう考えても……。)  大和は頭を左右に振ると、はっきりとした答えの出ないこの状況に憂いながら、リビングのソファーでぼんやりとテレビを眺めた。夕食後のわずかにくつろげる時間。偶然にも他のメンバーは自室にこもり、今リビングにいるのは大和一人。少し寂しいなと感じて始めている最中だ。 「大和さん……」  突然背後から声をかけられ大和はびっくりして振り返った。リビングには自分一人だと思っていたから、まさかこんな上手に気配を隠せるとは驚きだ。 「おお、瑞樹、何だよ。おどかすなよ」  瑞樹は大和の顔を思いつめたように見つめながら、大和の隣に少し甘えるように密着して腰かけた。 「ど、どうした? 何かあったのか?」  大和は心配になって瑞樹の方を見てそう言った。瑞樹は大和を見つめ返すと、大和の肩にいきなり自分の頭を載せてくる。 「大和さん……この間はごめん」 「え?……ああ、休暇返上したやつか?」 「そうそれ。俺、自分がリーダーみたいな振る舞いしちゃって……ほんと俺って頭に血が昇ると周りが見えなくなるっていうか、そんな自分が嫌なのに、いつもうまく自分をコントロールできなくて……」  ひどく反省しているのか、今にも泣きだしそうな顔をしている瑞樹を見て大和は焦ってしまう。でも、そんな瑞樹のことはメンバーみんな承知の事実で、今更だと思っている。でも、本人はそんな自分が嫌で苦しんでいるのだから、本当に瑞樹という人間の面白さは奥が深いと、大和は密かに感心してしまう。 「気にするなよ。どうせみんな休暇を持て余しただろうし、瑞樹の気合のおかげでかなりいいパフォーマンスを構築できたと思うよ」  大和は今、瑞樹の前で良い人間ぶっている。本当は蒼と同じように休暇を返上されたことにショックを受け、少なからずとも瑞樹を恨んだのだから。あの時の大和はグループの将来よりも、蒼との目先の休暇を心の奥では求めていた。それはもう否定できない。大和はその事実を瑞樹に正直に話せたらどれだけ心が楽になるだろうなどと考えているのだから、本当に自分は最低な人間だ……。 (俺はいつも自分の事しか考えていない……。)  大和は心から深い溜息を吐いた。そうすることで嫌な自分を吐き出せると信じているみたいに。 「蒼……あいつ何か予定あったのかな。あんな蒼初めて見たよ。俺、あの時殴られるかと思ったんだ……」  瑞樹は大和の太ももに手を載せると、そうすると心が落ち着くのか、摩ったり軽く拳で叩いたりしている。 「さあな。あったのかもしれないけど、もう過ぎたことだよ。あんま気にするな……」  大和は瑞樹の手を握ってやるとそう優しく言った。いつもグループの進化を願い、努力を惜しまない瑞樹に対するリスペクトと、少しの罪悪感を込めて。 「……そうだね。ああ、でも俺やっぱり気になってマネージャーに相談したんだ。俺のせいで休暇返上しちゃったから、1日だけでもオフの日を作れないかなって。そしたさっき、作れたよって言われたから、近々あると思う……ほんと良かったよ」  瑞樹からの意外な言葉に大和は驚いた。大和はそれを確認するように瑞樹に尋ねた。 「近々? そうか……やっぱ嬉しいな」  大和は嬉しさのあまり本音がポロリと出てしまい、慌てて口に手を当てた。 「ほらね、やっぱりそうだよね。俺、明日会ったら蒼に謝っとく。蒼も喜んでくれるかな」 「喜ぶよ。凄く……」  大和の頭はすぐに近々予定される休暇に奪われた。その日にこの間叶わなかった蒼との時間を取り戻せるかもしれないと思うと、大和の胸がドキドキと騒めき落ち着かなくなる。 「あのさ、大和さん……」  瑞樹が大和の手の上に自分の手を重ねながら言った。 「何だ?」 「次の休暇の日、俺とつき合ってもらいたいんだけど、いいかな?」 「え?」 「実家の両親が大和さんに会いたがってるんだよ。休暇が取れそうだって言ったら、ごちそう作って待ってるっていうから、一緒に帰ってくれる?」 (そんな、どうしよう……。)  大和は瑞樹からの誘いを絶対に断らなければならない。もしかしたらクリスマス前に休暇が取れたら、蒼と一緒にできなかった両親へのクリスマスプレゼントを選び、その後どこかで食事をし、恋人同士のような一日を過ごすかもしれない。そう。それがいい。それを大和も強く望んでいる。なのに、大和はいつもリーダーという自分の立場を重要視してしまうから、瑞樹の両親に良い顔をしなければならないという義務感が、まるで刷り込まれたように生まれてしまう。 「蒼が……」  大和は何を血迷ったのか、頭がパニックになってしまい思わず蒼の名前を口にしてしまった。 「え? 蒼? 蒼と予定があるの?」  瑞樹が素早くそれに食いつき、大和に問いかけた。 「や、違う。そういうわけじゃなくて」 「違う? じゃあ、大丈夫ってことでいいよね? 良かったー。オフの日がはっきり決まったら両親に連絡しておくよ。楽しみだな。あ、そうだ、蒼にも休暇のこと早く伝えなきゃ。俺もうそれが気がかりだったから」 「ま、待て! 瑞樹……」  瑞樹は大和の話など聞かず勝手に自己完結すると、ソファーから勢いよく立ち上がり、颯爽と大和の前から姿を消した。 (ああ……俺、何してんだ……。)  大和はソファーに腰かけたまま、しばらく呆然とただ一点を見つめた。    自室に戻った大和は軽くシャワーを浴びると、スマホを手に持ちベッドに潜った。明日はオンライでファンとのイベントがある。早く寝ないと、ファンの前でクマのあるむくんだ顔を晒すようになってしまう。大和はスマホで目覚ましをセットすると、頑張って目を瞑った。でも、さっきの瑞樹とのやり取りにすぐ頭を奪われてしまい、眠れるわけがない。 (どうしよう……。)  大和は今、蒼を取るか瑞樹を取るかを選択できず頭を抱えている。大和の本音は迷わず蒼を選んでいる。でも、グループのためにいつも懸命に尽力してくれる瑞樹を無下になどできない。そんな優柔不断な大和の性格を、蒼は莉子との一件もあり、十分理解してくれるに違いない。大和はそう考えると、明日蒼に瑞樹とのことをすぐに話そうと心に決め、もう一度強く瞼を閉じた。 「ドンドンドン」  その時、突然ドアを強くノックされた。その大きな音に大和の心臓は跳ね上がった。深夜に誰がこんな大きな音を出してノックをするのか、大和は恐怖で体を硬直させながらドアに近づいた。  ドアの前に立つと更に強くドアを叩かれた。大和はその怒りが込められたノックから、その人物が誰なのかを否が応でも悟った。 「待て、今開ける」  大和は重たい気持ちでそう言うと、ロックを外し、ドアを開けようとした。でもその途端逆に思い切り外の人物にドアを引っ張られ、大和は危うく前のめりに倒れそうになった。 「おっと……」  外の人物は転びそうになった大和を支えながら、すごい勢いで部屋の中に大和を引き入れた。 「蒼!」  痛いくらい腕を掴まれ、大和はそのままベッドまで引っ張られると、ベッドめがけて思い切り突き飛ばされる。 「な、何すんだよ! いきなり!」  大和は驚いて蒼を見上げると、声を荒げてそう言った。 「……何言ってんの? 思い当ることないの?」  いつもの冷静な蒼とは180度違う態度に大和の鼓動が早くなる。多分もう聞かされたのだ。貴重な大和との休暇を二度も瑞樹に奪われた事実を。 「あ、蒼!……それは」  言い訳しようとする大和の話など聞かず、蒼は顔を苦渋に歪ませながら大和に覆いかぶさると、大和の両手首を掴みベッドに押さえ付けた。 「ひどいな……本当に。自分で言っただろう? 次がいつあるかなんて分かんないって……それなのに俺じゃなくて瑞樹を選ぶなんて……どうして? どうしてだよ!!」  大和に顔を近づけながら蒼は叫んだ。その目は悲しみを滲ませながら大和を鋭く射ってくる。 (ああ……俺って本当にバカだ……。)  大和は自分のしたことが今更ながらに信じられない。激しい後悔に息もできないほど苦しくても、それは自業自得だ。自分のせいだ。 「あ、蒼ごめん! 俺がバカだったんだ。ちゃんとはっきり断ればよかったんだよ。でも、できなくて。瑞樹があんまり嬉しそうだったから……」  ギリギリと手首を強く締め上げられ、大和は痛さの余り顔を歪ませた。 「ああ、そうか……大和さんにとって俺なんて、瑞樹以下なんだ。俺を好きだなっていうのは、結局その程度のことなんだね?」 「ち、違う! そうじゃない! 俺はリーダーだから、メンバーの気持ちを無下にできなかっただけだ! だってそうだろう? 俺たちは自分たちのことにかまけ過ぎちゃいけないんだ。それが行き過ぎたら絶対グループに歪みが生まれるんだよ。だからもっと冷静になるべきなんだ。そうだろう? 蒼」 「はあ? 良く言うよ。自分からシャワー室に入ってきたの誰? 何が冷静になるべきだ、だよ! 自分の方が全然理性的な行動できてないじゃないか!」   全くその通り過ぎて大和の言い訳は全然歯が立たない。大和は自分がひどく情けなくなってきて、蒼から抵抗する力が萎えてくる。 「そ、それは……蒼と……」 「俺と何?」  蒼は大和の手首を締め上げる力を少し弱めると、目を細め大和を探るように見下ろした。大和は蒼から目を反らすと、その先の言葉に詰まる。 「言って、早く……」  蒼はまた大和の手首を強く締め上げると、大和の目を覗き込もうとする。 「……い、嫌だ、言いたくない」 「何で? 恥ずかしいことなの?」 「……言わせるな、そんなこと」 「わあ、耳真っ赤だ……何エロいこと想像してんの? はあ~、分かった。大和さんは俺とそういうことがしたいだけなんだ? 俺を好きなんて嘘なんだよ。だから簡単に瑞樹と約束ができちゃうんだ……へえ、じゃあ、お望みのエロいことしてあげるよ」  蒼は挑発するようにそう言うと、大和の耳に唇を寄せ、舌を這わせる。 「うっ、や、やめっ」  抵抗しようとするが、蒼に大和の敏感な部分を舌でなぞられてしまい、身体に力が入らない。 「離せ! 蒼! やめっ、ろ!」  大和は首を左右に振り蒼の愛撫から逃れると、渾身の力で蒼を引き剥がした。 「いって~」  蒼はベッドから床にひっくり返ると、ベッドの脇に置いてある机の角に頭を打ち付けた。 「わっ、大丈夫か?」  大和はすかさずベッドから下りると蒼に近寄った。蒼は痛そうに眉間に皺を寄せながら後頭部を摩っている。 「大丈夫か? 怪我してないか?」  大和は蒼に何かあったらと思うと軽いパニックになった。慌てて片膝になると、あわあわと蒼の正面から後頭部に手を回しそっと引き寄せる。 「……すげーバカ力」  蒼はそう言うと、大和の肩を引き寄せ大和を強く抱きしめた。 「ごめん!……蒼、本当に……」  大和は蒼を抱きしめ返すとそう叫ぶように言った。 「いいよもう……俺もだいぶひどいこと言ったし……ああ、違うな、やっぱり良くない……全然良くない」  蒼はまるで二重人格者のようにコロコロと思いを変えた。それが蒼の辛さを表しているようで、大和は胸が締め付けられるように痛くなる。 「ねえ、大和さん、俺自分の中にこんな嫌な人格がいることに驚いてる。俺正気じゃなくなったんだ。大和さんがバカ力じゃなかったら、俺もっとひどいことしてたかも……嫌がる大和さんを無理やり……」 「……やめろ。もう言うな」  大和は抱きしめる手に力を込めると、蒼の言葉を制した。蒼は大和の体をそっと剥がすと、大和を正面から見つめた。落ち着きを取り戻したのか、蒼の目は、いつもの大和の大好きな、クールさと優しさが絶妙に相混じった魅力的な目をしている。 「お願いだよ。大和さん。瑞樹との約束断ってよ。もし断ってくれなかったら、俺たちの関係メンバーに話すよ?」  でも、その目とは裏腹に、蒼から出た言葉に大和は衝撃を受ける。 「脅すのか? 俺を」 「そうだよ。それぐらい嫌なんだ。もう、絶対に……譲れない」  初めから決まっていたことなのに、大和はどうして蒼を選べなかったのか。何も迷う必要などなかったのに。でも、蒼との関係を長く安全に続けるためには、瑞樹の誘いを受けるという選択肢も大切だ。でもそれが蒼をこんなにも傷つけるという矛盾に、大和は本当に途方に暮れてしまう。 「……分かったよ。ただ、俺たちが休暇を一緒に過ごすことがもし瑞樹にばれたら、何て言い訳するんだ?」 「言い訳する必要ある? 先約があったのに割り込んだのはそっちだろう? って言ってやる」 「蒼……」  大和は自分の頭を支える力が無くなってしまい、クラクラする頭を両手で抱えた。 「……嘘だよ。ごめん。まだ怒りが燻ってて……大丈夫だよ。バレないように注意すれば。もし、最悪ばれても、俺大和さんと違って何とでも言い訳できる自信あるよ」 (そうだろうな。お前なら……。)  大和はもう一度蒼の後頭部に手を回しそこに触れた。 「痛くないか? 気持ち悪いとか」  大和は、まだ蒼が心配でそう問いかけた。 「……頭なんかより、心の方が痛いよ」  蒼はそう言うと、大和に口づけしようとする。 「駄目だ。やめろ……ここではするな。そう決めただろう?」 「……じゃあ、どこですればいいの?」  蒼は顔を傾けながら、それでも大和に唇を近づけようとする。大和は蒼の両肩を掴むとぐっと前へ押しやった。 「いつか……あるよ。その日まで我慢しよう……」  そう言って大和は立ち上がると、蒼に背を向けた。 「大和さん……」  蒼は大和の名を呼ぶと、大和の腰に腕を回し背後から大和を抱きしめた。 「今度の休暇に俺、行きたい場所があるんだ」 「行きたい場所?」 「そうだよ……そこでもし二人きりになれたら……俺、大和さんを抱きたい……」 「へっ? な、何だそれ、ど、どういう意味……」  大和は胸の前でクロスするように置かれた蒼の手に、大和の心臓がバクバクと暴れているのを感じ取られてしまうことを焦る。 「嫌なら嫌って言っていいよ。ただ、俺は大和さんとそこまで深く繋がりたいんだ。それが俺の正直な気持ちだから……」  蒼は自分の強い意志を示すように、大和の耳元で淀みなくそう言った。 「あ、蒼……俺は……」  本当に何も言い返せない。大和は蒼の言葉に完全に思考が止まってしまい、ただ石のように固まるしかない。 「おやすみ。大和さん……愛してる」  蒼は大和の耳たぶに軽くキスを落とすと、静かに部屋を出て行った……。

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