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24:驚愕という発露

---------- ------- ----  あの一連のイーサの謎の行動の後、俺はすぐに部屋に戻って横になった。ともかく、俺は眠かったのである。 いや、まぁ、ただ“すぐに”というのは語弊がある。なにせ、俺は“すぐに”は帰れなかったのだ。         〇  いつものように俺が『イーサ。俺、もう今日は上がるからな』と、朝食を摂るイーサに声をかけた時だ。 その瞬間、それまで静かだった部屋の中から、バタバタと音をさせたイーサが入口の戸に体当たりをしてきた。 バタン! 『はっ!?何々!?』 コンコン!!  否定を示す二度のノック。まさか、こんな事は初めてで、さすがの俺も酷く戸惑った。まさか、イヤイヤ期がここまで進行しているとは思わなかったのだ。  コンコン!!ゴンゴン! 『え、えぇ』 しかも、そのノックの音が、今まで以上に余りにも必死なモンだから、俺は再び訪れてきていた眠気から、一旦手を離す事にした。  癇癪を起す子を、眠気半分で相手にする訳にもいくまい。 『帰るなって言われても、俺もさすがに寝ないとキツイぞ。イーサ。分かるよな?』  コンコン!  分からんらしい。 さすが王子様。下々の労働に掛かる負荷など分かろう筈もなかったか。 『ずっと休まずに働いてたら、俺も倒れちまうよ。また、明日も朝から来るから』  コンコン! 『イーサ……ごはんを食べろ』 コンコン! 『イーサ、俺。ずっと眠らずに居たら……死んじまうよ』  ピタリと止むノック。  きっと、さすがに俺の声が疲労に塗れている事に気付いてくれたのだろう。それか『死ぬ』という、エルフにとっては先の長い道のりが、人間にとってはそうでない事を理解しているのか。  まぁ、寿命的に“死ぬ”のと、過労で“死ぬ”のは、全然違うんだけどな。 コン…コン。  控えめに叩かれる二度のノック。  否定はしているものの、先程のような勢いのないソレに、俺は溜息を吐くと、ゆっくりとその場に座り込んだ。 『……なら、食べ終わるまでは、此処に居てやるよ』  俺も大概甘い。  でも、どうしてこんな切ないノック音を立ててくる“王子様”に対し、すげなく拒否など出来るだろう。イーサも俺も、互いに“ボッチ”だ。誰からも相手にされていないという点に置いては、まるきり同じ。  しかし。しかし、だ。  正直「人間」という種族というだけで相手にされていない俺よりも、「王子」という最高位の称号を持ってして、ここまで周囲から相手にされていないイーサでは、その精神的なキツさは俺の比ではないに違いない。  結局、俺の場合は、俺の人間性に踏み込んでまで、馬鹿にされている訳ではないのだから。  でも、イーサは違う。 -----イーサ王子の部屋守?なんで俺がンな無駄な事を。お前が全部やりゃいいだろ。人間。 -----もう、あの方はダメだ。ヴィタリック王もさぞ嘆いておいでだろうよ。 -----イーサ王子の部屋守?あの方を、何から守る必要がある?そもそも部屋守など必要ないだろ。  何が理由で閉じこもっているのかは知らない。声を上げない、行動を起こさないイーサが悪いのだと言えばそれまでだ。  けれど、 コン 『イーサ。俺はここに居るから。朝ごはんを食べろ。その間、俺がとびっきりの“朝ごはんのお話”をしてやろう』  扉のすぐ向こうに居るイーサに、一度のノックを送る。特に意味はない。イーサと違って、俺はちゃんと口に出して想いを伝えられるので、この行為自体は、本当にただの“動作”だ。 コンコン。 『ほーら、居るぞ。俺はここに居まーす。じゃあ、今から朝ごはんの話をするぞ。食べながら聞いてた方が、楽しいかもなぁ』  ただ、すぐ向こうに居る相手に、言葉よりもより近く、臨場感と共に、俺の存在を感じさせてやりたかった。  未だに、扉の向こうはシンと静まり返っている。 コンコン。 『じゃあ、行儀は悪いかもしれないけど、この扉の前に盆を持って来て食べてみたらどうだ?うん、そうしろ。俺が許そう』  一人は、寂しい。  ここに来て、俺が真に得た、感情の一つだ。口に出してみたら、何て事ないこと過ぎて笑えてくる。けれど、“向こう”では、ここまで本当の“寂しさ”を感じた事は、一度としてなかった。何故なら、俺にはいつも“金弥”が居たから。 ------サトシ―!ビットの声やってー!  金弥の存在は、いつだって俺の人生の真ん中にあった。 カチャ、カチャ。 『持ってきたか』  いつの間にか、イーサは俺の言うように食器を扉の前に持って来ていたようだ。食器同士の擦れる音が、少し寂し気に響く。まぁ、“寂しそう”なんて、これは俺の勝手な妄想だけど。 カチャ。 『ハイ。いただきます』  食事をする音が、扉のすぐ傍で聞こえる。  その間、俺は扉に向かって、何でもない「昔の俺の朝ごはんの話」をしてやった。初めて自分で握ったグチャグチャのおにぎりの話とか。お湯を入れるだけのコーンスープの話とか。  そう、どうでも良い事をベラベラと話した。  その途中、今日の俺の交代要員であるテザー先輩が、いつの間にか俺の傍に立って居た。 チラと視線だけ上げてやれば、驚いたような目で此方を見ている。そう言えば、俺が直接テザー先輩から部屋守を交代するのは、これが初めてじゃなかっただろうか。 『おい……これは、一体』 『……その日、俺は朝ごはんを食べそこなった。おかげで、腹はペコペコだ。ていうか、なんで腹が減る事を“ペコペコ”って言うんだろうなぁ?可愛いよな?』  コン。 『な?可愛いな?ペコペコって』 『……おい』  そう、何度か静かに声をかけられた。 けれど、俺は無視し続ける。今は、イーサが最優先。  きっと、俺が話さなければ、イーサは朝ごはんを食べる手を止めてしまうだろう。俺がちゃんと、イーサに朝ご飯を食べさせてやらねばならない。 『……なんだ、これは』 『いつもの事です』 『っ。そう、なのか』 ヒソヒソとした静かな会話が隣でなされている。いつの間にかあのメイドの女も来ていたようだ。そういえば、盆を下げる時、イーサは一体どうするつもりなのだろう。 『いつも、こうしてお二人は“お話”をされております』 『……信じられん』 『私もです』  何がどう信じられないのか。 百年間も一人で、外にも出ず、誰とも話さない。それが、少しこうして俺と交流するようになっただけで、「信じられない」と驚くなんて。  俺はむしろ“それが”信じられなかった。  こんなに他人との交流に飢えた寂しがり屋が、ずっと一人にされていた事の方が。

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