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26:買い出しクエスト
「その日、仲本聡志は初めて兵の寄宿舎を出て街へと降りた……すっげー」
見渡す限り、人、人、人。
いや、間違えた。今見渡した奴らの耳は、漏れなく全員尖っている。言い換えるならば、見渡す限り、エルフ、エルフ、エルフ。である。
「すっげ……が、外国だ。ここ、完全に外国だ……!」
そして、セルフ語り部が振り切れる程、俺は目の前の光景に興奮していた。
なにせ、見るモノ全てに一切の馴染みが無いのだ!最早、全ての建物が俺の知っている日常とはかけ離れ過ぎて、外国というより、テーマパークに来たような気分である。
ゴツゴツとした石畳の通りと、その両脇に建ち並ぶ店。その全てが、赤茶色の煉瓦調で統一されている。そして、ふと上空を見渡せば、空中に何に引っかかる事もなく浮いているいくつものランプらしきモノ。
「こういう所が、“エルフの国”っぽいよなぁ!」
俺は感慨深く周囲を見渡しながら、現実世界ではお目にかかれないような街並みに感嘆の息を漏らした。なにせ、ここは外国どころか、セブンスナイトの世界なのだ。
ランプくらい浮いてて当然だし、何もない空間に水を纏わせ、その中に魚を泳がせるなんて……当たり前の事なのだ!
「はぁっ、旅行なんて高校の修学旅行以来だっ!」
そう、高校を卒業と共に、養成所に入った俺は、そこから完全なる極貧生活へと突入した。おかげで、旅行の記憶と言えば、高校の……長野へのスキー旅行で、完全に記憶が止まっている。
それが、今回のコレで一気に華やかに更新されたのだ!
あ。いや、別に、今回のコレは旅行ではない。ただの“買い出し”なのだ。けれど、
「う、うわっ!なんか、うまそう!良い匂いするっ!アレなんだ!?ってか、コレ!お洒落な建物だなー!」
一つも文字が読めないせいで、どの建物が何の店かは分からない。けれど、分からない中で一つだけ分かる店がある。それは、
「腹減ったァ!」
飲食店だけは、匂いで分かる!
俺は匂いと、付近のエルフ達が口にしている食べ物を見ながら、気の向くまま、腹の鳴るまま、食べ物を買っては歩き、完全に観光気分で街を歩いたのであった。
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「あれ?」
俺は一人、街の真ん中で呆けた声を上げた。
財布の中身が空っぽなのである。
「あれ、あれれ?」
しかも、性質の悪い事に、海外旅行特有の、スられた盗られたといった理由ではない。俺は銀貨と銅貨、そして紙幣が減っていくのを、きちんと目にしていたのだ。なにせ、支払いに応じ、お金を手渡していたのは、間違いなく“この俺”なのだから。
「たった、コレだけの買い物で……手持ちの金が、全部なくなった?」
そう。俺がした買い物なんて、肉の挟まったバーガーのようなモノ。それに容器に入ったサラダ。透明な色をした不思議なプルリとしたアイス。
「そして、部屋で食べるのと、イーサへのお土産に買った揚げ砂糖のお菓子」
たった、コレだけだ。
それなのに、これまでの労働に費やした金が全て飛んだ。
正直、金の価値は分からない。物価についても、もちろん同様だ。分からないが、俺の給金がたったそれだけの買い物ですっ飛ぶようなモノではない事は、なんとなくだが理解が出来る。
「これは、もしかして。……ボッたくられた?」
俺はエルフの行き交う雑踏の中、これまでの買い物をした店の店主が、俺にどんな態度だったかを思い出した。
「どっか変な所とかあったかぁ?」
どの人も、否。どのエルフも“普通”だった筈だ。
そう、完全に“いつも通り”の対応だった。
--------いらっしゃい、って。人間かよ。なんだ、何か用か?
--------人間の癖に、どうしてウチに買い物に来るのよ。生い先短いヤツに売るモノなんか、ウチには無いわよ。
--------っは!食ってる間に死ぬんじゃねぇのか?この早死に野郎。
「……うん。完全にぼったくられてんな!俺!」
そう、いつも通り蔑まれ、馬鹿にされ、厄介がられた。いつも通り過ぎて、あまり気にしていなかったが、それがいけなかったようだ。
これは少しばかり、いや。けっこうなレベルで大問題だ。
「どーすっかなぁ。このままじゃ必要なモンが一つも買えねぇよ。……そう、仲本聡志は一人、ポツリと呟いた」
セルフ語り部で、少しばかり自分の現状を上から覗き見てみる。
うん、馬鹿だ。ぼったくられても金が尽きるまで一切気付かない馬鹿が、そこには居た。
「そもそも、俺……あの大規模演習だか、結界の保護なんとかってヤツに何が必要なのかもわかんねーし」
そうなのだ。そもそも、今日の俺の目的はソレだったのだ。
イーサに訳してもらった掲示板の案内。あの小難しい指示書の最後に、こう書いてあった。
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尚、この辞令に関し、必要な持ち物については、各人にて取りそろえる事。過不足にて起こった不都合は、自己責任であるモノとする。
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そう、何やら必要なモノとやらは自分で揃えるようにとの事なのだ。けれど、何が必要なのか、今の俺には全く分からない。
これに関しては、イーサに聞いても無駄な事は明白である。
修学旅行に行った事がないヤツに、修学旅行に必要なモノを聞いても分からないのと同じだ。
そんな訳で、ひとまず行動あるのみと、街へと下りたのだが。結果、コレである。
目の前の美味しそうなモノに目がくらみ、当初の目的を忘れた挙句、金はぼったくられて無一文になった。
「あー、最低じゃんか。ま、仕方ねぇ」
帰るか。
俺は、空になった財布を見つめ、残ったイーサへと自分への甘いお土産だけを持つと、何の成果も得られぬまま、賑わう街を後にした。
「なんと!仲本聡志は、異世界でも貧乏になってしまったのである!」
ちょっと明るくセルフ語り部をやってのける。けれど、軽くなった財布に相反して、俺の心は完全にズンと重みを増したのであった。
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