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53:真夜中のティータイム
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「ふーん。これは物凄く油っぽいな。手がベタベタする」
「まぁ、揚げ菓子だからな。なんだ、口に合わなかったか?」
「まぁまぁ」
そう言って、俺の買ってきた揚げ菓子をパクパクと口に入れていくイーサを、俺は丸テーブルに肘をつきながら眺めていた。行儀が悪いとは言わないで欲しい。
なにせ「お茶会に招待」とか「正式な客人」などと仰々しい事を言っておきながら、別にイーサから何か温かいお茶が振る舞われるワケでも何でもなかったのだ。
俺達の真夜中のティータイムに用意されていたのは、俺の買ってきたあの揚げ菓子だけ。そして、イーサから「このお菓子一つあげるね」と言った気遣いの言葉は、当たり前だが無い。つまり、俺は座ってイーサが菓子を食べるのを見ているだけの「お茶会に招待された正式な客人」というワケだ。
「いや、わかっちゃいたけどな。そう仲本聡志は小さく息を吐いた」
「ん?」
「いや、なんでもない」
まぁ、確かにそうだ。百年間も引きこもっていたイーサに、そういったところを期待する事自体が間違っているのだ。
「こんな夜中に一気に食べると、太るぞ」
「太らない。だから、食べる」
「へぇ。そんなに気に入ったのか」
「まぁまぁ」
次から次へと菓子を口の中へと運ぶイーサの姿に、俺は「どこがまぁまぁだよ」と内心独り言ちた。しかし、さすが王族。素手で食べているにも関わらず、その食べ方は、どこまで行っても上品だ。
しかし、だ。
「ほら、落ち着け。髪の毛に粉砂糖がついてるぞ」
「ん」
髪が余りにも長いせいか、イーサが口元に揚げ菓子を運ぶ際、纏っている粉砂糖がイーサの髪の毛についてしまっていた。
しかし、イーサの両手は今、揚げ菓子の油で汚れてしまっている。
「触るぞ」
「ん」
そうするのがさも当然とばかりに、イーサは食べる手を止める事なく、顔だけを此方へと向けてくる。まったく、金持ちのお坊ちゃんが。まぁ、一国の王子だから仕方ないか。
「はい、とれた。もう付けるなよ」
「ごくろう」
「いいえ」
先程までベッドの上で大泣きしていたとは思えないほど、今のイーサはご機嫌な様子だ。王子様のご機嫌が直って何より……なのだが。
「うーん」
先程から絶え間なく此方へと向けられる視線に、俺はチラとイーサの隣へと目を向けた。
「やっぱり、気になる。そう、仲本聡志は視線の先にある、“例の兎”をジッと見つめた」
そこには、どこか憎めない表情のショッキングピンクの兎のぬいぐるみがちょこんとイーサの隣に置かれていた。もちろん、イーサがそうしたのだ。
そう、俺は先程からこのぬいぐるみの視線が気になって仕方がないのである。
憎めない顔。片耳だけ綿が少ないのか、コテンと長い耳が前へと倒れている。
「その子の名前は?」
「ん?」
「その隣の子だよ。随分と大切にしてるみたいだからな。何て名前なのかな、と思ってさ」
「……“あも”だ」
「そっか、あもか」
肘をついた体勢のまま、俺はジッと“あも”を見た。あぁ、きっとイーサが毎晩抱きしめて寝ているせいだろう。
あもの毛は全体的にペタンと寝てしまっており、最早柔らかい毛の手触りなどは一切なさそうだ。しかも、体の綿はあちこちで不均等にダマになってしまっているようで、体全体が歪にへにょりと安定感のない姿になってしまっている。
「かわいいな」
「!!」
そう、俺があもを褒めた瞬間、イーサの表情がパッと明るくなった。
「そうだろう、そうだろう。かわいいだろう!」
「あぁ、かわいいな。それに、名前もよく似合ってる。イーサが付けたのか?」
「その通りだ!」
「そっか。あも。良い名前を付けてもらって。持ち主がイーサで良かったな」
「!!」
終始こちらを見てニコリと笑う兎のぬいぐるみに向かって、俺はぼんやりと口にしていた。少し大きめのあもは、きっと抱き締めるのにちょうど良いのだろう。その体の歪さは、イーサがあもを力いっぱい抱きしめて寝ている証だ。
「サトシ」
「ん?」
「お前には特別に、あもを抱えさせてやろう」
「へ」
言うや否や、イーサは手についていた揚げ菓子の粉砂糖を、舌でペロリと舐めとると、隣に座らせていたあもを抱え俺の所までやってきた。そして――。
「ほら、あもだ」
「……あ、ありがたき幸せ」
気付けば、ショッキングピンク色の兎の抱き枕が、俺の体に押し付けられていた。間抜けな笑顔がドン!と効果音付きで現れる。そして、当たり前のように、あもからは濃いお日様の匂いがした。
「うれしいか?」
「……あ、ああ」
きっと、小さい子が自分の玩具を「はい!」と相手に押し付けて……いや、貸してくれるアレと同じなのだろう。まぁ、子供なりの信愛の証に違いない。
イーサは、その大きな体を屈めると、交互に俺とあもを見ては満足そうに頷いていた。
そして、どのくらいそうしていただろう。あまりにもジッと此方を見つめ続けるイーサに、そろそろ俺の方が限界を迎えた。
「イーサ。そろそろ、あもを返すよ」
「……」
「なぁ、イーサ。あももお前の所に帰りたいって言ってるぞ」
そう、テキトーな事を言ってのける。いくら中身が五歳児だとはいえ、見た目が見た目だ。あまりにもジッと見つめられると、非常に気まずい。ともかく、イーサときたら、顔の造形美が高尚過ぎるのだ。
「なぁ、イー」
「ほう、いいじゃないか」
「っ!」
ちょうど声をかけようとした俺に、イーサの口からそれまでとはまた違った雰囲気の頷きが言葉尻に被さってきた。
また、“あの声”だ。
イーサが一気に“イーサ王”になる時の声。その声色。喋り方。放つオーラ。どれを取っても五歳児のイーサではなくなってしまった。
そして、その視線は、今やあもではなく俺に。もっと言えば、俺の首元へと向けられている。
「ど、どうした?イーサ」
「さすがだ。サトシ」
「な、なんでしょう」
「似合っているじゃないか」
ネックレス。
そう、どこかうっとりとした様子で口にされた言葉に、思わずイーサから目を逸らした。顔と声が絶妙に互いの要素を高め合い、物凄いオーラを作り出している。
強い。強すぎる。こんなの、一般人の俺では目を合わせ続けるのは無理だ。だって、眩し過ぎる。
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