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54:二つ目のご褒美

「サトシ、目を逸らすな。此方を見ろ」 「……イーサ王子。か、勘弁、してください」  思わず敬語になる。同時に、声が上ずった。ダサ過ぎる。 「何度も言わせるな。此方を見ろ。俺を、イーサを見ろ」 「む、無理」 「こっちを見ろと言っている」  尚も拒否する俺に、突然、ひんやりとした何かが無理やり俺の顎を掴んだ。そして、気付けば、キラキラと光り輝く金色が、視界いっぱいに広がっていた。 「よし、やっとこっちを見たな」 「……」  完全に自分で無理やり顔を向けさせた癖に、満足そうに言うのだから堪らない。  この容赦のなさが、王子という権威からくるモノなのか、それともイーサの中に眠る幼さからくるモノなのか。今の俺には全く判断がつかなかった。 「これでいい。これでよかった」 「っ」 「うん、いい。俺の渡したネックレスが、サトシの首にある。いい。素晴らしい光景だ」 「ちょっ、イーサ。顔、近いから」  目の前にある黄金色の高貴な存在が、今度はその目を爛々と輝かせて俺とネックレスを交互に見ていた。 「あぁ、いい」 ゴクリと、目の前にあるイーサの喉仏が、深く唾液を飲み込んだのが分かる。そのゴツリとした隆起の起こす体動が、異様に色っぽく見えて仕方がない。 「サトシ。俺からのご褒美は嬉しいか」 「……う、うん」 「ならば、どのくらい嬉しいんだ」 「どのくらいって……た、たくさん?」 「たくさんとは、どのくらいだ?もっと分かりやすく言うんだ」  面倒くせぇ!  じょじょにイーサのピリと尖った雰囲気が、五歳児のソレと混じり始めた。高貴さと無邪気さが混ぜ合わさり、ともかく性質が悪い。一言で言えば、めんどくせぇ。  俺はイーサに顎を掴まれながら、しつこく喜びの表現を求めてくるイーサに、どう答えたものかと思案した。 「分かりやすくって言われても……」  目を輝かせて此方を見てくるイーサは、きっと適当な答えでは納得しないのだろう。しかも、腹の底に大きな癇癪玉を内包したイーサの事だ。また、何かの拍子にその癇癪玉が弾けないとも限らない。  しっかり考えて答えなければ。 「あ」 「ん?どうだ?どのくらい嬉しいか思いついたのか?」 「あぁ、物凄く分かりやすいヤツを思いついたぞ」  俺はニヤリと笑って言うと、自身の内ポケットに手を突っ込み、使用済の一冊目の記録用紙を取り出した。俺がどうして使用済の記録用紙をわざわざ此処に持って来たのかと言えば、理由はコレだ。 「これを俺から貰った時のイーサと同じくらい、って感じかな」 「ん?」 「やる」  イーサは俺の差し出した記録用紙に、それまで掴んでいた俺の顎からとっさに手を離した。 「これは?」 「俺からイーサへのご褒美とお返し、その二だよ」 「っ!」  “ご褒美”という俺の言葉に、イーサはパッとその表情を明るくすると、俺の差し出した記録用紙を勢いよく手に取った。この瞬間、イーサは完全に五歳児へと戻った。 「サトシ、これは何だ!」 「お前も一回だけ見た事あるだろ?それは、今までイーサにしてやった“お話”の台本だよ」 「だいほん」 「そう。お話の中の台詞や、物語の流れが、全部そこに書いてある。イーサなら人間の言葉も読めるみたいだし、俺が居ない間はソレでも読んで暇でも潰してな」  俺の言葉に、イーサは受け取った俺の記録用紙をパラパラとめくり始めた。その目は捲るページを追いかけるように、せわしなく動いている。物凄く早い。まさか、あのスピードで全部に目を通している訳じゃないだろうな。 「……こんなにあったのか。確かに、これまで聞いてきたお話ばかりだ」 「そうそう。結構あるよな?俺も見返して思ったよ」  どうやらイーサも俺と同じ感想を抱いたようだ。 どこか懐かしそうに記録用紙を眺めるイーサの姿に、俺は随分と満たされた気分になっていた。誰かとピッタリ隙間なく重なった気持ちは、深い充足感を生む。温かいし、ちょっと熱い。 「うん、うん……コイツは悪いヤツだった。でも最後は……」 そう、ページを捲りながらブツブツとこれまでの物語をなぞっていくイーサの姿に、俺は膝の上のあもをゆっくりと撫でた。やはり、毛は完全に寝てしまっているが、案外良い触り心地である。 この濃いお日様の匂いも……うん。クセになりそうだ。 「今のイーサと同じくらい、俺はこのネックレスを貰って嬉しいんだけど……イーサ、伝わったか?」 「あぁ、伝わった。それは物凄く嬉しかったという事だな。よく伝わった。上手いじゃないか。褒めてやる」  イーサからのその得意気な答えに、俺は思わず吹き出しそうになってしまった。なにせ、人には「分かりやすく言え」などと言っておきながら、自分は「凄く嬉しかった」の一言なのだ。まったく勝手なものである。 それに、 「イーサに、そんなに喜んで貰えて、俺も嬉しいよ」 「何を言っている。サトシがネックレスを喜んでいるんだろう?」 「……あぁ、そうだな。凄く喜んでる。嬉しいよ」 「そうだろう、そうだろう」  イーサの答えは、そのまま、俺からの“ご褒美”を喜ぶイーサの気持ちも指しているのだ。それに気付いていないのか、イーサは未だにページを捲る手を止めない。早くも全て読み終えそうな勢いだ。 「おい、ゆっくり読めよ。俺が居ない間の暇潰しがなくなるぞ」 「何度も読むからいい」 「……なぁ、イーサ。もうソッチはいいだろ。せっかくなんだ。そろそろ俺と話そうぜ」  パタ。  俺の静止をかける言葉と共に、イーサのページを捲る手が止まった。否、止まったのではなく、最後のページに到達したのだ。 どうやら、本当にイーサはあのパラパラと流れるようなページ捲りをしていながら、きちんと全てに目を通していたらしい。 あぁ、まったく。 目の前で見られてしまうなんて、とんだ誤算だ。早めに渡し過ぎてしまった。 「……これは、なんだ。サトシ」 「あー、えっと。俺からイーサへの……手紙?」  俺が誤魔化すように言うと、イーサは記録用紙の最後のページを、上から下まで何度も繰り返し眺め続けた。 眺めるイーサの目が、どんどんと厳しくなる。  やめろよ。目の前でそんなにじっくり見られる想定で書いてないんだよ、“ソレ”は。

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