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68:夢電話

------ --------- --------------  夏休みに入って間もなくの事だった。 『サトシ。おばあちゃんの所になんて行かないでよ。夏休みは一緒に冒険しようって言ったじゃん』 『ごめん。キン。でも、婆ちゃんがオレに会いたいって』  突然、サトシが夏休みの殆どを祖父母の家で過ごすと言い出したのだ。それを聞いた、当時八歳の金弥は、それまで浮かべていた弾けるような笑顔を、途端に曇らせた。まるで、夏の入道雲に覆い隠された空のように。  そして、みるみるうちにその瞳に大きな涙を溜めた。 『いがないでよ……ざどじ。ざどじがいながったら……おれ、おれぇ』 『キン!』  そこからは、本当に酷いモノだった。  二人以外居ないサトシの家で、金弥は大いに泣いた。泣き喚いた。 それは、小学校に上がり泣く事など殆どなくなっていた金弥の久しぶりの大泣きだった。そんな金弥に、聡志はどうしたものかとオロオロとするしかなかった。 まさか、こんなにも金弥が泣くとは思っていなかった。  涙の合間に漏れる『サトシはオレの事がキライなの?』とか『オレがサトシの好きなのじゃないから?なら、おしえて』と言った、訳の分からない言葉を、涙声で叫び続けている。 『キ、キン……』  涙を流し続ける金弥に、聡志は考えた。金弥は自分と会えないから、こうして悲しくて鳴いているのだ。だとすれば、ソレが少しでも“会える”と約束出来れば、少しはマシになるかもしれない。 『キン。ちょっと聞け』 『いやだぁぁぁっ!いがだいでぇぇっ!ざどじぃ!ざどじぃっ!』 『キン!』 『なずやずみ、いっじょに、いっじょにいでよぉっ!ずっといっじょっでいっだのにぃぃっ。うぞづぎ、うぞづぎ!』 『……注目!』  余りにも凄まじい叫び声に、聡志は涙を流す金弥の顔を、その両手で挟んだ。聡志の手は金弥の涙でしっとりと濡れる。 『ざ、ざどじ』 『キン!あれやってみようぜ!』 『あれ?』 『ほら、ビットがやってたヤツ!夢電話!』 『!!』  聡志からの提案に、金弥は、それまでボロボロと零していた涙をピタリと止めた。  夢電話。  それは、二人の大好きなアニメ【自由冒険者ビット】の中に出てくる、不思議な魔法の事だ。  同じタイミングで眠った者同士、その両者が互いに“会いたい”と強く望めば、世界のどこに居ても、夢の中で会える魔法である。 『ビットとブリテンがやってただろ?アレをオレ達もやるんだよ!』 『……で、でも、オレ達には……まほうがない』 『ゴックスの兄貴も言ってただろ?コレは魔法の力よりも、お互いの“会いたい”って気持ちの方が大事なんだって!』 『そうだけど。で、でも……』 『大丈夫だ!キン!もしキンが会いに来れなくても、オレがキンの夢まで毎日会いに行くから、安心しろよ!』  そう言って、満面の笑みを浮かべるサトシに、金弥はそれまでポッカリ空いていた穴がみるみるうちにふさがっていくのを感じた。 『サトシと、夢の中で……』  サトシが毎晩、金弥の夢で会いに来てくれる。それはすなわち、眠っている間中、聡志と遊び続けられるという事だ。 『な?楽しそうだろ?』 『うん!』 『だったら二人で約束を決めとこうぜ!毎日何時に寝るかとか。どこに集合する、とか』 『うん!』 『キンは寝坊するかもだから、まぁ、その時はオレが金弥の家に行くよ!夢の中だから、どんなにうるさくしても、怒られる心配もないしな!』 『さとし、さとし……さとし』  金弥は未だに自身の頬を挟む聡志の手に、自分に手を深く重ねた。重ねて、スリと聡志の掌へと頬ずりをする。  あぁ、楽しみだ。  これからは、毎晩眠るのが楽しみで楽しみで仕方なくなるだろう。 『サトシ。絶対に会いに来てね』 『もちろん!』  その年の夏。  山吹金弥は、毎晩、毎晩。聡志を想って眠りについた。  するとどうだろう。聡志は本当に、毎晩、金弥の元へと現れてくれたのだ。約束通り、金弥がどこに居ても、何をしていても。  聡志は絶対に来てくれた。  夢電話は大成功だったのだ。  そう、山吹金弥は聡志の居ない夏休みを、  毎日、聡志と共に過ごしたのであった。

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