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69:戻りたい場所

 だって、イーサがあんまり泣くからさ。  つい、言っちゃったんだよな。 『イーサ、夢電話をしようぜ』  そう、するりと俺の口から出たその言葉に、俺は酷く懐かしい気持ちになった。まさか、大人になってまで、そんな事を言う日が来るなんて。  夢電話。  遠くに離れた相手とも、夢で会える不思議な魔法。あの時も今も、俺は本気なんかじゃなかった。子供ながらに、そんなの無理だって分かってた。  けど――。 『うん!』 -----うん!  心底嬉しそうに頷く、俺の記憶の中に居る金弥と、目の前に居るイーサ。あぁ、なんだお前ら。そっくりな顔をして。  お前らときたら、なんでそんなに、 「俺の事が好きなんだろうな。そう、仲本聡志は苦笑するしかなかった」  そして、その疑問と共に湧き上がってくる感情はいつも俺の胸を熱くする。理由はどうあれ、こんなにも自分を好いてくれる人が居てくれるって、そりゃあ嬉しいもんだ。 なんだか、ちょっと自慢気な気分さえする。 「ふふ」 「……どうした」 「いや、何でもないです」 「独り言も大概にしろよ」 「はい」  隣に立つテザー先輩が、小声で話しかけてくる。 そう、結局俺は出立式が始まるまで、ずっと迷子のままだった。 あっちへ行きこっちへ行き。見知らぬエルフ達の体をすり抜け、最終的には隅の方で蹲っていたところを、テザー先輩に保護されたのだ。 『おい。まったく、探したぞ』 『テザー先輩……、俺の事探してたんですか』 『当たり前だろう。さっさと立て。ほら、こっちだ。来い』  そう、当たり前のように手を繋がれた時は、一瞬ギョッとしたりもしたが、まぁ、この人込みだ。またはぐれでもしたら、二度と先輩に会え無さそうだったので、ありがたく手を引いて貰う事にした。 『ここだ』 『……はぁ』  そして、到着した先には、見慣れた同じ隊のエルフ達の姿。  まぁ、俺を見た瞬間、彼らはいつものように俺への短命イジりに満開の花を咲かせていたが、最早、俺にはそれすらホッとして仕方がなかった。 『……良かったぁ』 『……』  どうやら俺は、意外にもずっと心細さを感じていたらしい。隣から感じるテザー先輩の視線は、なんとも生ぬるかった。 そして、今はと言うと――。 ≪であるからして、女神リケルにより四百年に一度もたらされる、マナの大いなる実りを集めうる事で得られる国益は計り知れず、それを全うする事こそ、≫  やっと始まった出立式の中で、一向に終わる気配を見せない、老人エルフの長ぁぁぁい話を聞かされている最中だ。 それを聞きながら、俺には二つの大きな疑問が浮かび上がっていた。  老人特有のこの声の掠れと揺れは、未だに俺の発声に置いては課題が残る。どうやったら、こんな声が出せるんだろうと言う事。  そして、 「テザー先輩。このクソ長い偉そうな爺さんの話は、いつ終わるんすか」 「……」  そう、いつ終わるんだ。もう始まって大分経つぞ。  ここが学校で、そしてこれが校長の話なら、そろそろ女子の一人でも倒れてもおかしくない頃合いだ。いや、むしろ誰か倒れてくれ。でないと、こういう手合いは自分の話が長い事に気付かねぇんだから。 「……先輩ってば」 「聞こえている。ドミナンス総議長のお話は、だいたいいつも長いんだ。……多分、そろそろ終わる」 「どこの世界も年寄りの話が長いのは同じかよ。結論から言え。結論から」 「……分からなくもないが。あと少しの辛抱だ。我慢しろ」  テザー先輩はコソと俺に耳打ちするように言うと、すぐに視線を広場の前へと移した。なにやら、こないだの買い物を経て、少し優しくなったような気がするのは気のせいか。最後の俺の言葉なんて、完全に無視されるつもりで呟いたのに。  俺も俺で、先程、先輩に手を引いて貰った事もあり、やっとこの人に対して「後輩」のテンションで絡めるようになった。遅くない? ≪皆の者、国の為に最善を尽くすように。女神リケルのご加護があらん事を。幸運を祈る≫  そうこうしているうちに、テザー先輩の言う通りドミナンス総議長とやらの、結局何が言いたいのか分からない長話は終了した。多分だが、短くまとめると「大変だと思うけど、頑張ってね」という事だと思う。 「長げぇよっ」 「おい、静かにしろ」 「先輩、もう出発ですかね?」 そう、期待を込めてテザー先輩を見上げてみる。しかし、テザー先輩は深く溜息を吐くと、俺に聞こえるか聞こえないかの声でボソリと呟いた。 「んなワケないっしょ」 「え?」 ≪続いては、ソラナ姫より。出立する兵に対し、お言葉を賜ります≫ 「……」 「ほらな」  茫然とする俺に、テザー先輩は完全に夜のテンションで肩をすくめてみせる。 畜生!まだ続くのかよ!?なんなんだ!この無意味な時間は!? 「クソ」  そろそろ立ちっぱなしによる疲労からイライラし始めた俺は、また、無意識にネックレスへと手を伸ばしていた。 「……イーサ」 イーサの部屋の前で、好きなように声を出していたあの日々が懐かしい。 立ちっぱなしも勿論キツい。けれど、そんな事よりも、今後、思い切り声を出したり、演技が出来なくなる事の方が、俺にとっては一番のストレスだった。 『ざどじぃっ!いぐなっ!いぐなぁぁっ!おれを置いて、なんで、とおぐにいごうどずるっ!あじだも、あざっでも、まいにち、おれと、ともに、いろ!おまえは、おれの、ものだ!ねっぐれずは、そのだめにわだじだのにぃっ』  昨日の別れ際。 イーサの癇癪を起す声が、何故か今になって俺の鼻の奥をツンとさせる。俺も、出来るなら、こんな訳のわからない長話の末に行かされる、謎の任務とやらになど行きたくない。 「俺だって行きたくねぇよ」  そうだ。俺だって、イーサの反応を直接見ながらお話を聴かせてやりたいのだ。これまでは、扉越しだったから気付かなかったが、最後の二日間、イーサを前にして直接“お話会”をしてやった時は、扉越しとはまた違った楽しさがあった。 『ほう!あもは、このような声だったか!』  もう、な。  完全に毒されていると思う。見た目がいくらデカイ成人男性でも、反応が反応なせいで、俺にとってイーサは未だに幼い子供のままだった。 『そうかそうか!あもは“うちゅう”という、空よりも遠い空から来たのか!通りで可愛らしいはずだ!』  しかも、今までとは違い直接イーサの反応を窺えるモンだから、俺も演じながら、そりゃあもうテンションが上がったのだ。やっぱり聞き手の反応を間近で見れるのと、そうでないのとでは此方のやる気も大いに差が出てくる。 『サトシ!次の話は、あもが俺の事を、たくさん好きだと言うお話をしてくれ!たくさん、イーサを好きだと言うんだぞ!分かったな!分かったのか?サトシ!分かったと言え!』  分かった、分かった。  そう、記憶の中で楽しく騒ぎ散らすイーサに対し、思わず返事をする。  イーサのお陰で、昨日はいつもの五割増しで、感情の入り方も、声の出方も良かった気がする。  楽しかった。 「ん?」  すると、それまで何もなかったネックレスが、ジワリと温かさを帯びた気がした。服の上からでも指先に伝わる。直接触れる首元も、ジワリとした温もりが広がる。何だろう。気のせいだろうか。  そう、俺が首を傾げた時だった。

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