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朱夏 2
甘露水を含ませた艶々とした髪と唇、
小さな光を拾って輝く理知的な双眸、
男の征服欲を掻き立てる白磁の肌、
二つの日本人形のような姿は情欲をそそるには十分だった。
描いてみたいものだ と、欲が頭を擡げる。
「久山さんは日本画……で、らしたかしら?」
その言葉に内心の下心を読み取られた気がして、さっと身を引き締めて頷いて返す。
「ええ、拙いものを描いております」
そんなことないわ と峯子がふふと笑って見せた。
いや、魅せた。
その色気は計算してのものなのか天性のものなのか……さきほど自分に興味がないと素気無い言葉を言われたばかりだと言うのに、それを流せてしまえるほど蠱惑的だ。
「久山さんはこの間の作品展? で最優秀をとられたのよ」
世辞なのか翠也は感嘆の声を上げる。
「またよろしければ拝見させてくださいね」
年相応の子供のようにはしゃぎながらねだる姿にほっと肩の力を抜く。
「家の者と、工房として使っていただく離れは翠也に案内させます」
そう言うと翠也に軽く目配せをしてから、初めと同じように毛皮を纏う生き物のしなやかさで奥へと立ち去った。
その後姿は計算されたかのような隙が垣間見えて、付け入ることができるように誘われているかのようだ。
「僕が案内で申し訳ない」
峯子の消えた奥につい視線を残してしまっていたのを、からかいを含ませて言われて慌てて首を振った。
「いや! 邪推しないでくれ、俺はただ……」
触れれば落ちる赤い花のような色気を含む後姿に、気を取られなかったと言えば嘘になる。
けれどせっかくできた後援者を、その奥方との色恋沙汰で失う気はない。
「ええ、分かっています。母は、息子から見ても美しい人だと思います」
「 確かに、君とよく似ている」
その一言に翠也は足を止め、はっきりとした切れ長な目を丸くした。
「……僕は自己愛者だと言われているんでしょうか」
「あっ いや、そう言うわけでは……」
確かに、母親が美しいと言った息子の前で言う言葉ではなかったと、しどろもどろと返事をすると、彼は芍薬が花開くように華やかに笑って返す。
「ふふ」
その軽やかな笑いはからかわれているのだと分かっていても許せるほどに魅力的で、普段なら腹が立ちそうなものだったが何故だか逆に面白くてたまらなかった。
「久山さんは真面目な方ですね」
「猫を被っているだけだよ。それに久山ではなく卯太朗と呼んでくれないか? あ、いや、図々しいか」
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