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瑞に触れる 3
呆気に取られている俺の手の中の写生帳をひったくると、皺を刻んだ頁を懸命に広げ始めた。
「なんてことを……っ幾ら機嫌が悪いからと、絵に当たるのは良くないと思います!」
唇を噛み締め、涙さえ浮かべながら彼はそう非難する。
「せっかくこうして描かれたものを……」
「…………」
俺は頭がおかしいのかもしれない。
糾弾する声が心地よいなんて思うのだから。
「いや、もう古いものだから処分しようと思ってね」
「っ では、機嫌が悪いわけでは……」
彼の手で綺麗に元の形に戻されて行く多恵の欠片に目を遣る。
「機嫌は悪くないよ」
むしろ、じっとりとした高揚感に満たされて調子がいいくらいだった。
そのどこを見て機嫌が悪いとしたのか、俺には分からない。
「そう、……そうですか、何か機嫌を損ねてしまったのかと」
あんなことをしてからかうから と翠也は口の中で呟く。
「それで、あそこから様子を窺っていたのかい?」
「ぅ……落とした下駄を拾いに来ただけです! 決して覗いていたわけでは……」
見れば翠也の片足には下生えの葉が貼りついている。
俺がいきなり指を含んだせいで、下駄に構う余裕すらなかったんだろう。
「気まぐれで、申し訳ないことをしたね」
軽い謝罪を口に乗せながら、乱れた着物の裾から伸びる白皙の足に指をかける。
「わっ 」
足の指に絡む草を摘まみ上げると、彼の体が小さく跳ねた。
「じっとして、取れないよ」
そう注意すると、小さく呻きながらも着物の裾を握り締めてじっと堪える。
足についた草をわざわざ俺が取る必要もなければ、それを耐える必要もないと言うのに、緑の欠片を追って足首を這う手を振り払うことはしなかった。
「あ、の 」
「ぅん?」
「……どうして、あんなこ っ」
まだほっそりとした足の裏をくすぐると彼の声が途切れてしまう。
その初々しさが、よくないことだと承知の上で俺を突き動かす。
「俺はね、病気なんだ」
「えっ⁉」
「人の肌を舐めたくなる」
足を掴んで掬い上げると、翠也は体の釣り合いを失ってばたりと後ろに倒れ込んだ。
「や っ」
足裏に口づけると微かな草の青臭さがして、塩気とやや固い皮膚の感触がする。
「なっ……にを 」
後ろに手を突き、赤い顔でこちらを見る彼の怯えを含ませた顔色に押されるように、くるりと舌で小さな親指を包み込んだ。
「ひぅっ」
ぷちゃりと唾液の音を立てると痙攣したように足が跳ね、乱れていた着物の裾が更に乱れて可愛らしい膝小僧が顔を覗かせる。
足の甲に唇を移し、白さを増しながら続くその脚を這い上がって行く。
「ぅ、卯太朗さんっ! 止めっ」
舌全体で吸いつくように舐めると、翠也の眦から盛り上がった水の塊がぽろりと零れ落ちる。
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