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瑞に触れる 8

 いきなりのことに翠也は戸惑いながら俺と包みを交互に見遣り、手土産まで用意されては追い返すこともできないと観念したのかうつむく。 「少しだけだから」  そう押すと、翠也は泣きそうな目で入り口から身を引いた。 「どうぞ」  俺の工房と同じさらりとした木の床の感触を感じながら一歩踏み入ると、油絵独特の臭いがことさら強くなる。 「散らかしていて……申し訳ない」 「いや、綺麗な方だと思うよ」  壁に立てかけられた幾つかの絵と、未使用のキャンバス、それと絵を描く際に使うイーゼルと椅子、絵の具の乗った机だけと言う簡素なものだった。  雑然としていた友人の工房を知っている俺としては、ここは違和を感じるほどに綺麗だ。  そこだけ生活感があるように投げ出されていた埃避けの大きな布を描きかけの絵にかけると、空気が舞って彼の纏う香の匂いが漂う。 「これを……菓子なんだが」  その匂いに気づきたくなくて切り出すと、彼は目も合わせずにうつむいたまま小さく礼を言った。 「それと謝罪を。その、この間のことは本当に悪いことをした。調子に乗って……でも君には洒落にならなかっただろう」 「っ……あれはっ悪戯なのでしょう? で、ですから、だ  大丈夫です」  画架の前の椅子に力なく腰かけ、翠也は恥ずかしそうに唇を引き結ぶ。 「悪戯と分からなかった僕が悪いんです。そうと流せない僕が……あっ」  手持無沙汰に絵にかけた布を弄ったからか、からん  とイーゼルに置かれていた筆が転がる。  乾いてもいない青い絵の具をつけた筆がこちらにまで転がってきたので、膝を曲げてそれを拾い上げた。    美しい青だと思う。 「すみません! ありがとうございます」 「動かないで」  青い軌跡を拭こうと立ち上がろうとした彼を押し留め、机の上の雑巾を取る。  彼の脚を掠めてこちらまで転がった筆の軌跡を拭きとっていると、先日口に含んだ爪先が視界に入った。 「あ、後は……自分で」  俺の視線に気づいたのか、翠也はさっと着物の裾を押さえて手を伸ばした。  薄い皮膚、  微かにわかる血管の色、  細い手首に目が釘づけられた。   「──── あっ!」  華奢な手を取り見上げると、顔に朱を乗せた翠也が震えてこちらを見ている。  揺れる睫毛の先に雲母のような光を宿したくて……  俺は脚にしたように、再びその掌に唇を落とした。 「  ひ  ────っ」  軽く喉をひきつらせただけで、彼は手を引こうとはしない。  それが人を勘違いさせるのだと、自分勝手な俺の考えを教えたくて口づけた掌をべろりと舐める。  

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