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瑞に触れる 9
手首を掴む手に力は込めていない。
逃げ出せるのに逃げ出さず、ただ怯えた表情を滲ませる彼に微かな苛立ちを感じる。
籠の中で大切に育てられただろうとわかるこの反応に嫉妬した。
「 ──── っ、や、止めてくださいっ」
掌の窪みに沿って舌を動かす。
「あれは悪戯だとっ……冗談だと言ったじゃ、な い、ですかっ」
言葉に答えずに指先を舐り、無理矢理に指の間に舌を挿し込むと、じゅぷりと卑猥な音が耳を打つ。
「 っか、堪忍して、くださ……卯太朗さんっ!」
唾液で滑る指に自身の指を絡め、舌を細めて薄く見える血管の筋に倣って肩口へと舐め上げる。
滲んだ黒曜石の目と、
噛み締められた椿の唇、
「嫌なら振り払えばいいだろ?」
「っ!」
くちゅ……とワザとらしい音を立ててやると、彼の体が大袈裟に跳ねた。
その手を引いてやると呆気ないほど簡単に、翠也は椅子から転がり落ちる。
衝撃に小さく呻くも、はだけてしまった着物の裾を慌てて掴んで身を引こうとした。
「あっ」
利休鼠色の着物に手を突けばたちどころに動けなくなってしまい、怯えを表すように小さく身を縮める。
「か……勘弁してくださいっ、僕はっ冗談とか わからなくて……」
赤い耳たぶを口に含むことができたら と思いながら身を乗り出す。
「すまないね、発作だから」
「え……」
「言っただろう? ……人の肌が舐めたくなるんだ」
「そ、それはっ冗談と……」
小さく首を振る彼の髪に手を伸ばした。
「それは本当だよ」
「そんっ……そんな奇病がっ 」
「無いと?」
「 っ」
言葉を詰まらせる彼の髪は、思った通りの滑らかな手触りだ。
「だから、助けてくれないか?」
「た、たす……?」
翠也の小さく整った顔を間近に見ながら、指を着物の裾に差し入れる。
「や っ」
「この発作が落ち着くまでだから」
そう畳みかけてやると翠也の瞳がふらりと揺れた。
「ほ、本当に、……病なのですね?」
心底、世のことに疎いのだと思うと共に、その純粋さを汚したくなった。
さながらそれは、初雪に足跡をつけるような……
「ああ」
するりと嘯くことのできる人間がいるなんて思いもしないその態度に、
「──── 人助けだと思って」
つけ入るのは容易かった。
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