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闇夜の皓 10
「発作ですか? 苦しいでしょうが、家まで……がま……」
「家に帰れば、堪能するまでさせてくれるかい?」
きつい声で問うと、彼はさっと視線を巡らせて人の有無を確認した後、誰が聞いていると言うわけでもないのに小さな声で「 はい」と囁いた。
敲き金を鳴らすと、塵一つついていない燕尾服を着て畏まった老人が顔を覗かせた。
「新見さん、お久しぶりです。突然すみませんが、玄上は?」
にこやかな表情をぴくりとも動かさず、この屋敷の執事である新見はいらっしゃいませと頭を下げる。
「田城様は奥様とご歓談中でして」
歓談……
そう胸中で繰り返し、新見の苦労を思って苦笑を零す。
「待たせてもらっても?」
「……お時間が、かかるかと」
そこでやっと新見は人間らしく苦い表情を見せてくれた。
機械めいたその面が崩れたところで肩を叩く。
「玄上が申し訳ないね、新見さんの苦労もわかるよ」
「……恐縮です」
促されて玄上の工房へと入り、勝手知ったると言う奴で適当に辺りの物を避けて椅子を二つ掘り出す。
「……凄い…………部屋、ですね」
この工房の有様は、立ち尽くしたままの翠也が思わず漏らした言葉がすべてだ。
散らかり具合に最初こそ怯えていたようだが、物珍しいものが転がっているのがわかると、きらきらとした目で辺りを見回し始める。
「好きに見て回ったらいいよ」
「いえっ……主が居ないのにそんなことをするわけには」
育ちなんだろうな と、好奇心を押し殺す姿を見て苦笑する。
けれどそう言いつつも視線は自由気ままに転がされている硝子の浮きを追いかけていた。
酒瓶、枯れた花托、西洋人形、牛の頭蓋。
おどろおどろしいものから美しいものまで、広さがあるはずなのに詰め込まれた資料や画布、それに塵のようなもので室内は非常に狭く思える。
描きかけのまま放り出されている画架の上の絵は、玄上らしい筆遣いで描かれており、翠也は特にそれを食い入るように見ていて……
「 ──翠也」
名を呼ぶと、現実に引き戻されたと言う表情できょとんとこちらを振り返った。
「はい?」
「おいで」
そう手招くと、翠也は名残惜しそうに絵に視線を残しながらこちらに近づいてくる。
「立っているのも疲れるだろう? ほら、座って」
とん と膝を叩いて言うと、翠也は意味がわかったのかあと少しで手が届く位置から飛び退いた。
信じられないものを見る目つきの彼を追いかけて捕まえる。
「あっ」
「ここは荷物が多いからね、倒れないように座った方がいい」
「そう言う問題ではないですっ」
いつもの甘やかな拒否ではなく、真っ赤になった顔でおろおろと駄目だと示す。
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