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るり 2

 別段、細かく筆を使っているわけでもないのだが、不思議といつの間にやら画布の上に現物そのままの姿が映しとられている。  まるで魔法のようだった。 「当たり前だろ?」  気が合ってつるむと楽しくはあるが、こうして作品を見る時は日本画と洋画で違っていてよかったと思う。  平凡と非凡をまざまざと見せつけられて、きっといたたまれなくなっただろう。 「川蝉かぁ? 霍公鳥か? 他に描いたものがあったか調べるのは時間を貰うぞ」 「いや、今日は……」  言い出そうとして悩んだ。  昔から男色も好む玄上に、邪道だと言い続けてきた手前なんとも翠也とのことは言い出しづらい。  結局、 「……男とは、良いものか?」  と尋ねていた。 「は?」 「あっ……いや……っなんでもない! それよりも何か見せてくれ!」  誤魔化すように棚の端の写生帳を見ようと手を伸ばす。  深い赤の表紙のそれに指をかけようとした途端、玄上が俺の手を払い落すようにして間に割入った。  いきなりのことに面食らっていると、その巨体が覆い被さって絵の具汚れの酷い床へと押し倒してくる。 「なっ  」 「そうか! お前もとうとう俺とどうこうなりたいって気になったか!」  荷物が乱雑に置かれているために、俺の頭はさっきから何かよくわからないものにぶつかって嫌な音を立てていた。  そんな状態で面白くもない冗談に付き合う気はさらさらない。 「俺の思いを受け入れる気になったんだなっ!」  絵の具をつけた大きな手が服の裾から差し入れられて、思わず蹴り上げるように足で突っぱねる。 「わっ! 馬鹿っ! 何をするんだっ!」  隙間ができたところで腕をぴしゃりと叩き、尻を揉むように掴んできた手を引きはがす。  香水の臭いと男臭い体臭に苛つきながら、わざとらしく唇を突き出してくる玄上に手当たり次第に物を掴んで投げつけた。 「あいたっ」 「冗談が過ぎるからだっ!」  本が当たった額を擦り、玄上は肩をすくめる。 「俺は本気だと言っているだろう?」  昔、飲みに飲んだ酒席で襲われかけたことを思い出して鳥肌が立つ。 「お前と違って俺には好みと言うものがあるんだ!」 「つれないなぁ……お前の細腰は俺の好みだと言ってるだろう?」  力説する玄上に林檎を投げつける。   「怒んなって、冗談だって。……で? なんだ? 本題から話せよ」 「いや……その、男を抱く時に注意することはあるか?」  何を言ってもからかわれそうな気がして、玄上の言うとおりに単刀直入に聞くことにした。  人を馬鹿にするかのような盛大な溜息を吐いて林檎を弄ると、呆れたような声を出す。 「なんだ、翠也くんとはこれからなのか」 「はっ⁉︎ や……相手は…………」  慌てて訂正しようとするも、玄上は絵のこと以上にこちらの事情に通じていることを思い出して、萎むように肩をすくめた。  

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