58 / 192
るり 3
「その……苦しい、ばかりでは な」
立ち上がれない翠也を思い出すと自然と眉根が寄る。
「そぉか、初物か?」
玄上に翠也の秘めやかな部分を晒すような気がして、むっと鼻に皺が寄る気分だったが頼れるのは玄上しかいない。
「……ああ」
そう答えると、玄上はこの乱雑な工房のどこに何があるか熟知した動きで山のように物の積まれた机を漁る。
「軟膏……と、痛み止めだ。煎じてやれ」
ぽんぽんと投げられたそれらを受け取り、そうじゃないんだと首を振った。
「いや、痛みを取るのもそうだが、まず痛んだり、苦しくないように……」
「無理だ。慣れるしかない」
あっけらかんと返され、思わず睨みつけてしまう。
「慣れたら、自分から乗っかって腰を振るようになるさ」
「そ……そうか」
昨夜組み敷いたあの体が、上で体をくねらせる動きをするようになるのかと思うと、くらくらと目が回りそうになる。
「後は、まぁ……」
と、そこで玄上は言葉を切った。
「そうだなぁ……」
珍しく歯切れ悪く言い、手拭いで汗を拭きとって立ち上がる。
外の明るさを確認し、それでもまだ悩むような素振りを見せる。
玄上にしてはぐずぐずとした態度のせいか、仕方なく俺が促してやらなければならなかった。
「さっさと話せよ。昨日の今日なんだ、できるだけ翠也くんの傍についていてやりたいんだ」
「…………」
日差しの強い外を眺めたせいか、瞳孔が縮んだ玄上の顔はどこか固く冷たい印象だ。
「そうか。……ちょっと出よう」
気難しそうに口元を引き結んで玄上はそう告げた。
そこは小さな掘っ立て小屋が長屋のように並ぶ場所だった。
漂ってくる饐えた臭いやたむろする連中を見ると、ここが裕福ではない層の……それもかなり貧しい人々の暮らす界隈だと言うのが伝わってくる。
俺自身が暮らしていた部屋も大概だったが、ここは更に酷い場所なのだと辺りを見回して思う。
目の前を赤ん坊を背負った子供達に駆け抜けられ、はっと足を止めて前を行く玄上に声をかける。
「ここに、用?」
「ああ」
短く答えて振り返った玄上は、工房で見せた硬い表情ではなくなっていたからほっと胸を撫で下ろす。
「怖いなら手を繋いでやろうか?」
「からかうな! 前向け!」
「はは」
慣れた様子で、思いついたままに場所取りをしたような、まるで迷路のような中を歩いて行く。
玄上は平気そうだったが、俺は時折聞こえる怒声や奇声に飛び上がりそうになりながらついて行くしかなかった。
「──── ぅおい! まだいるか?」
声をかけるのに、返事を待たずに歪な戸を開ける。
「あ」
甲高い声が聞こえて、追いかけるようにばたばたと足音が近づいてきた。
ともだちにシェアしよう!