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濡羽と黄金 9

 胸の中に繰り返される翠也の立場を表す言葉が、まるでしこりのようで……  写生帳を持ってはいたが開く気にもなれずに、露天に毛が生えたような茶屋に入る。  天幕を張っただけの作りの店先に簡素な机と椅子だけが置いてあり、目の前は大きな道のせいか埃っぽくて、天板は指で字が書けそうな状態だ。  けれど、こう言う場所で生きてきたからかひどく馴染んで……  分不相応なあの場所よりも余程心地いい。  炭酸水を頼んで椅子にもたれた。  消しても消しても浮かんでくる翠也のことを頭から振り払いたくて、天幕を通してじりじりと熱す太陽を睨みつける。  そうすると視界が真っ白になって脳内が回るように感じ、強く目を閉じるとやっと心の奥が凪いだ気がした。  そこで、翠也のことに衝撃を受けているのだと自分自身で納得ができた。 「…………」  笑い声を上げて駆けていく子供、  杖を突く老人、  汗だくになりながら赤子を背負う女、  ぎぃぎぃと自転車を漕ぐ男、  そして、幾人かの怪しい男女。  化粧の濃い女と、どこかこそこそとしているように見える男。  何か交渉している二人組もいた。  よくよく考えれば町の外れ、昼間と言うのを差し引いても売春買春に(いとま)がない場所だったことを思い出す。  交渉が成立したのか、女が腕を絡めて歩き出した。 「……────」  炭酸に喉を焼かれながら、そんな女の後姿を見詰める。  場末の露天だ、そういう色事の集まる界隈に近い場所にあるのも当然で……  ふと立ち上がり、男女の消えていった方へと歩き出した。        路地を少し中に入ると、途端に濃厚になる気配がある。    化粧や化粧の臭いだったり、饐える体臭の臭いだったりした。  少し歩くだけでも幾人もの手が腕に絡んで誘惑してくる。  女もあれば、男もあった。  それを剥がし剥がし、当てもなく行く。  ……確証があったわけではない。  だが誘う女達の白い腕を振り払っている内に、 「   ────気味が悪いっ」  そう耳をつんざくような罵声が聞こえて、突き飛ばされてよろける男娼の姿が見えた。  細い体が土壁に派手にぶつかり、呻くようにしてうずくまる。  薄暗い路地裏でも十分にわかる明るい亜麻色が俯いて……泣いているような気がした。  駆け寄ろうとする前に、その男娼はさっと立ち上がると自分を突き飛ばしてきた男の背中に向けて罵声を投げつける。  それはもう、聞くに堪えない言葉も入っていて……  かける言葉を失って立ち尽くすしかない。 「……あ」  切れたらしい唇をぐいと拭いながら振り返ったるりが俺を見つけて、深く刻んだ眉間の皺を緩めたのがわかった。  安っぽい連れ込み宿に手を引かれて踏み入れると、遣り手婆のような案内がじろじろとるりを見ながら部屋へと案内する。    金を受け取って下がる際、るりの方へ身を寄せて精一杯潜めたのだろう声で「(あい)の子は獣と一緒やのぅ」と囁いてからさっさと来た道を帰って行く。    

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