89 / 192
紅裙 6
返事を待っていると、急に夢から醒めたかのようにはっとした表情をして頷くので、水差しの水を口に含んで口づけた。
お互いの熱い唇の間から、わずかに体温を移した水が滑るように移動する。
ついでにちゅっと吸いつくと、弱々しい力で手を突っぱねてきた。
「 ぅんっ……っまた! 喉が渇いてしまいますからっ」
そう言う翠也に苦笑を返し、指を絡めて横になる。
「幾らでもあげるのに」
「……はい。沢山、可愛がってください」
その言葉にもう一度苦笑が漏れた。
けれど、悪くない。
翠也が必死に気を引こうとしているのがわかるから。
絡めた指先の脈拍を感じながら、ぼんやりと過ごしていると急に翠也の指に力が籠った。
「 今日、父に会ってきました」
「…………」
「……忙しくて……なかなか帰れないけれど、卯太朗さんのことを気にかけているようでした」
手に込められた力と、戸惑うような出だしに込められた意味を読み取る。
彼だけが、父の訪れを帰宅と言う。
それは、きっと彼の望み。
なかなか帰れないと言うのも、多分……嘘だ。
力が強まり、それがまるで信じてくれと言っているようで、
「わかった。早くお戻りになられるといいな」
そう、嘘を信じたふりをした。
翠也と秋の庭を写生する。
夏の暑さは名残のようにまだまだ居座ってはいたが、植物達はしっかりと時の移ろいを映して花の蕾をつけ始めていた。
「咲くのが楽しみだね」
「はい。……ですが、寒くなるのが嫌ですね」
緩まない日差しを見上げると、その強さは冬の脆弱な姿を微塵も滲ませないものだ。
「寒くなったら、引っついていればいいさ」
翠也はぱっと顔を赤らめて頷いた。
昨日今日に関係を持ったのではないと言うのに反応は新鮮なままで、いつになったら慣れてくれるのかと思う一方でそのままでいて欲しいとも思う。
まったくもって、ただの我儘だ。
「そう言えば、あの霍公鳥は完成したかい?」
「え? ……えっ⁉ あっみ、見たんですかっ⁉」
写生帳を落とすと、真っ赤な顔をしてそれを慌てて拾った。
自分の作品を見せることを極端に恥ずかしがる翠也だったが、こう言った動揺は珍しい。
「あぁ、以前に描きかけを……」
「 あれは、自室に置いてあります」
もっぱら情事には俺の部屋を使っていたため、なかなか入ることのない翠也の部屋に飾られていては、見る機会がないのは当然だった。
けれど……
「部屋に?」
出来上がった絵はすべてしまい込んでしまう翠也にとっては珍しいことだ。
余程気に入っているのか?
そう思うと俄然、その絵に興味が湧いてきた。
ともだちにシェアしよう!