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紅裙 10
俺も慌てて頭を下げるが、峯子との気安いやり取りとは裏腹に値踏みするような視線をちくりと感じて嫌な汗が流れる。
「いらっしゃいませ」
「こちらは久山さん、うちで世話をしている画家さんよ」
さよは「はぁ」と返事をしてから、あぁ! とこちらが驚くような声を上げた。
「鴛鴦の絵の?」
「えぇ。智英子が気に入っていたから連れてきたの」
そんな会話をしながら、二人はするすると歩を進め……
俺の余所者然とした戸惑いなどお構いなしに、屋敷の中へと入ってしまった。
外より、幾分ひんやりと感じる気配と使い込まれた深い飴色。
それはこの屋敷が担ってきた時間の重さを語るには十分だ。
琥珀のような光を放つ柱や梁、重苦しいとさえ思えてしまうような雰囲気にごくりと喉が鳴る。
「こちらですよ」
さよの声にはっとすると、峯子がその細い体を部屋に隠す所だった。
「 ────よくいらしてくださいましたね」
薄紫の着物を着た女性はそう言うと、入り口でどうしたらいいのかと立ち竦んでいる俺を手招く。
年は峯子と同じくらいに思えたが、彼女からは滲むような色気は感じない。
ただ旧家の上品な夫人と言う様子だった。
「こちら、前にお話しした久山さん」
簡潔な紹介に頭を下げる。
「久山さん、こちらは私の友人の黒田智英子さんよ」
智英子が美しく結い上げた頭を下げて挨拶をするのに倣い、もう一度頭を下げた。
「お初にお目にかかります、私は……」
「ああ、いいのよ。そんな堅苦しいのは」
途中で遮られてびっくりしていると、座布団を勧められて有無を言う隙もなく座ることになる。
あまりにも砕けた様子にちらりと峯子を見るも、こちらに気を遣る様子はない。
「久山さんが描いてくださった鴛鴦、母が気に入ってねぇ」
「ありがとうございます」
自分の作品が受け入れられたのだとほっと胸を撫で下ろし、それしかできないのではと思えるくらいまた頭を下げた。
「義妹も毎日眺めているそうよ」
義妹……
そうか、どうしてそのことに思い至らなかったのか。
智英子は多恵の義理の姉なのだと、自分には欠片も関係のないことのようにぼんやりと思う。
「ありがたいことです」
素直な気持ちを口に出してから、さよが出してくれた茶に口をつけた。
「あぁ! そうだわ」
白と朱の対比を見せる口元を綻ばせる。
「さよ」
「はい」
「多恵さんを呼んできて。あれだけ気に入っているんですもの、鴛鴦の作者に会いたいでしょう」
「は!?」と声が出そうになった。
多恵……
黒田のお屋敷に来たとして、名前を聞くことはあるだろうが出会うとは思ってもみなかった。
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