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紅裙 9
「どうした?」
「……僕は、調子が悪いから家に残ると伝えてください」
突然の言葉に「え?」と返すも、翠也はもう踵を返して自分の部屋に戻るところだった。
「いきなりどうしたんだい?」
釦を留めるのも忘れて駆け寄ると、柳眉をきつく寄せて眉間に皺を作っている。
そして、先程までは微かな笑みさえ浮かべていた唇は引き結ばれていて……
険しい顔に驚いて前に回ると、磁石のようにぷぃっと視線が逸れてしまう。
「……体調が悪くなっただけです」
あまりにも明け透けな嘘にぎょっと目を瞬かせた。
「翠也くん?」
「余所余所しい呼び方はやめてください」
逸らされた視線の先の霍公鳥……
「どうしたんだい?」
「 卯太朗さんは……黒田のお家に…………」
そう言いかけた言葉が止まり、緩く首を振る。
「……すみません」
一言だけ零し、彼は逃げるように自室の戸を閉めてしまった。
峯子に軽い小言を言われもしたが、俺に向けてと言うよりはいつまでも先のことを考えて動こうとしない翠也への愚痴のようなものが大半だった。
「あの子には、南川の家を継いできちんとしてもらわなければいけませんのに、いつまでもふらふらと……」
「はぁ」と曖昧な相槌を返すも、峯子はそのことに気づいてはいない。
いかに翠也にしっかりして欲しいか、外に出て社交に勤しんで欲しいのかを滔々と話す様は、幾度もその言葉を繰り返してきたから出る流暢さだ。
ただ、母親としてのその心配も、俺から言わせてもらえるならば本妻の子ではないと言う時点で、そこまで躍起にならなければならないものなのかと思う。
妾の子として跡継ぎ問題に巻き込むよりは、絵の才能を生かしてそちらで身を立てる方法を模索した方がはるかに前向きではないかと……
俺が見ても翠也は外に出て多くの人々と交流を持つ質ではないと分かるのだから、母親である峯子がそれを知らないはずがない。
翠也を跡取りにと躍起になるその姿は、どこか滑稽に見えた。
そこは南川邸と同じように重厚で、歴史の重さを感じさせる屋敷だった。
見上げる門の圧しかかるような圧迫感に、峯子に促されてもなかなかその門を潜る勇気が出ないほどだ。
噛みつかれやしないと分かっていても大きな門をそろりと用心しながら潜り、峯子の後についていくと年配の家政婦が顔を見せる。
「お嬢様、ようこそおいで下さいましたね」
「さよさん。こんにちは、急にごめんなさいね」
謝るけれど、音声はちっともそう思っていない。
「ふふ、お嬢様の思いつきはいつものことですから」
さよはたいして気に留めるでもなく、笑顔で流して俺の方を見て頭を下げた。
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