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紅裙 13
促して歩き出す。
後ろを振り返ると、目立ち始めた腹を庇うように手を添え俯く彼女が見えた。
改めて、人の妻なのだと思い至って項垂れる。
もう、そう思うことすら咎められると言うのに、性懲りもなく多恵に向ける感情があることに驚く。
例え、腹に他の男の胤が宿っていようとも、俺の中で多恵は多恵だった。
見えた離れは出来たばかりの真新しさを全体から漂わせており、誰が見ても新居だと教えている。
あれかと尋ねて振り返ると、多恵が小さく頷いた。
門も立派なものだった。
敷地の広さも一見しただけで、南川邸より広いのだと分かる。
先程のように親族に気を遣うこともあるだろうが、自分といた頃とは正反対の場所に嫁いだのだと知り、どこかでほっと肩の荷の下りるような気がした。
寒い中、冷たい水に触れることも、
灼熱の太陽に身を焼かすことも、
昼夜問わず働く必要もない、
子供にも恵まれて……幸せだろう。
口の中に蘇る血の味、あれが報われているのだ思うとあの出来事も過去として飲み込むことができるようだった。
ならば、俺ができることをするだけだ。
「おかえりなさいませ」
離れつきの家政婦が出迎え、木の匂いのするそこへと上がらせてもらう。
重厚感のある昔ながらの和風建築だ。
伝統の と言ってしまえば聞こえはいいが、ともすれば室内は外界よりも明度が低く薄暗い印象を与える。
入った時に感じたのは、やはりそれが一番だった。
日の光が好きと言った多恵。
彼女にとってこの暗さは気の塞ぐものなのではないかと朧げに思う。
ならば、俺に出来るのは……
「絵を、描きます」
傍に控えた家政婦が不審に思わないように、固い口調で話す。
「この離れが華やかになるように」
多恵が好きだと言った花々を。
「たくさん描きます」
振り返って見た多恵の目が揺らいだように思えたが、何もない様子でぺこりと頭を下げて「よろしくお願いいたします」と答えた。
帰路、多恵が好んだ花を思い出していた。
花はなんでも好きなのだと笑って……
春の桜も、
夏の向日葵も、
秋の萩も、
冬の椿も、
四季それぞれの花を愛しているようだったし、愛で方も分かっていた。
多恵……
心の中で名前を囁いてみる。
もう、こんなふうに呼ぶことは敵わないのだろうけれど。
物音を立てれば、翠也が顔を覗かせるのが常だった。
わざと大きな音を立てて帰っていることを知らせても、彼は姿を見せない。
その理由は、考えなくてもわかる。
俺が、多恵と会うことがわかっていたから……
だから、翠也は黒田の屋敷へ行くのを頑なに拒否したのだろう。
俺の心が揺らぐ瞬間を見たくなくて。
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