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真新しい画布 10
「お前は描けばいい。描いただけ名が通るだろう」
いかさま占い師でももう少しましな言葉を言うだろうに。
毒気を抜かれて椅子にもたれる。
「おだてても何も出ないからな」
「まぁ、るりのことは本人に任せてある。今回のように、描く奴はどう邪魔をしても描くからな」
そう言うと、またいつもの人を食った顔に戻った。
「そうか……」
「首を突っ込むのは勝手だが、それで翠也くんの機嫌を損ねても知らんぞ」
唐突に出された名前に息が詰まる。
いきなり突きつけられた現実に目が回りそうで、額を押さえて睨みつけた。
精悍な顔は一瞬で破顔し、面白そうに歪みを作る。
「なんだ? もう終わったのか?」
何をふざけたことを……と怒鳴りたかったが、あぁそうかと言う思いもあった。
終わったのか、
終わった?
なぜ?
翠也が、俺が下心で関係を迫ったと思ったから?
それが殊の外、衝撃だったから?
「 いや違う」
震えた声に玄上は何も言ってはこず、ただ気まずいままに汁を平らげて食堂を後にした。
「さぁて、行くところはあるのか?」
「…………」
「俺と宿にでもしけこむか?」
「お前が言うと洒落に聞こえん。屋敷に帰るよ」
どんなに気まずくとも、そこにしか帰る場所はないのだから。
ではと言う俺を玄上が引き留める。
「卯太朗。お前は大丈夫だ、画家としてやっていける」
繊細な絵を描くとは思わせない、太くごつごつとした手が俺の手を握った。
日差しに負けないほどの熱い体温を持つそれが、骨が軋みそうなほど力を込めてくる。
「俺は才能のある奴しか傍に置かない」
それは、俺に才能があると言いたいのか?
下手な慰めだ と笑いが漏れた。
「お前の傍になんかいたくない」
そう言って手を振り払うと、小さな子供のようにくしゃりと顔を歪めて笑い合う。
「相変わらずだな。ではまた、個展の案内をやるから忘れるなよ」
ぽんと肩を叩き合い、いつものように互いに背を向けて歩き出した。
どのような顔をして翠也に会えばいいのかわからないまま、昨日と何の変化もない重厚な門を潜ると通りかかった橋田がにやにやとこちらに寄ってくる。
「おかえりなさいませ。これのところですか?」
そう言って一番小さな指を立てた。
「 あぁ」
「隅に置けませんねぇ」
へへ と笑う顔は好色家丸出しで、あまり好感の持てるものではない。
それでも波風を立てることでもないので、からかう言葉に曖昧に返しながら工房へと向かった。
一夜ぶりのそこは、戸が閉められている以外は当然ながら昨日と変わりない。
大きな白い画布。
がらんとした工房。
変わりない。
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