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真新しい画布 11

 ざっと確認してから、廊下を隔てた翠也の工房へと向かう。  風が通らないだろうに、しっかりと閉じられた戸は俺を拒んでいるようにも見えた。  時間をたっぷりと取って頭が冷えたはずなのに、かける言葉が出てこない。  天岩戸を開ける術が見つけられないままに滔々と時間が過ぎていくのに苛ついて、本当のことをただいえばいいのだと腹をくくった。  怒鳴って悪かったと謝り、後ろ盾が欲しくて求めたのではないときちんといえばいい。  それだけだ、  それだけでいい、  とんとん と、問うように叩いた戸はすぐに開かれることはなかった。  諦めて去ろうと思い始める頃になって、小さく着物を捌く音がしてわずかに戸が開く。  翠也自身、俺だとわかっていたのか驚く様子もなく顔を上げるでもなかった。  艶のある黒髪が見える。  前髪に隠されているために表情は見えず、その顔が泣き顔なのか怒り顔なのかもわからない。 「中に、入れてくれないか?」  問いに、彼は首を振った。 「話をしたいのだけれど?」  震える肩と、蒼白になるまで握られた拳。  そこまで俺と話をしたくないのだろうか?   「後援のことや、君とのことをきちんと話したい」 「っ……いやです」  はっきりと拒絶されて、言葉に詰まりそうになる。 「昨日の話をあのままにしておきたくないんだ」 「僕は、もう十分です」  十分?  何が……? 「貴男の目的が後ろ盾だったとしても、もういい」 「何がいいんだ!?」  伸ばした手は勢いよく叩かれ、痺れるような痛みだけが残る。  俺を睨む隈のできた双眸の迫力に押されそうだ。 「っ……翠也?」 「話しかけないでくださいっ……僕は、貴男のことを忘れたい」 「  は?」 「苦しくて、辛いことなんて、もう忘れたい」  もう一度「は?」と声が漏れた。  苦しい?  辛い?  翠也と共有したあの濃密で淫靡な時間は、彼にとってはただ耐えなくてはいけない時間だったと言うのか?  啼いて俺を受け入れた翠也の内は、喜んでいたのではなく苦しんでいたのか?  飴色の床が蠢くような錯覚に低く唸る。  多少の言い争いはあるだろうとは思ってはいたが、これは完全に想定外だった。 「そ、れは……」  こちらを見上げた翠也の目に怯えを見つけた気がして…… 「こ  これで、もうお話は……っ」  戸を引こうとした手を取る。  俺より細い腕の抵抗なんてあって無いようなもので…… 「う、卯太朗さんっ何を……」 「良ければいいんだな?」  は? と今度は翠也が問いかけてきた。  彼の脳が言葉の意味を捉える前に、体で押すようにして工房へと入る。 「あっ!?」  よろめいて倒れた際に着物が乱れ、白い足が無防備に投げ出された。  それを、掴む。

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