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真新しい画布 18
幸いまだ家政婦は戻ってはおらず、それを聞き咎めた人間はいない。
「 あ」
腰が抜けて、尻に硬い床を感じた。
「……な」
「お立ちください。留めが戻ってきたら訝しみます」
家政婦の名前を出されてもぴんとこない。
ぼんやりと頷き、言葉に従って壁に手を突いて立ち上がると、硬いはずの床がふわふわと綿を踏んでいるように感じた。
「……何、ま……もう一度、頼む」
聞き直そうとした俺に聞こえてきたのは、
「久山さん」
硬い硬い、他人然とした多恵の声だった。
「 こっちよ、お願いしますね」
「 へぇへぇ」
同時に、騒がしい留めの声としわがれた男の声が耳に入って、はっと壁から手を離して襟を正す。
俺の動揺なんて知ることもなく、目の前で年輩の男が俺の絵を壁にかけるために釘打ちをし、こんなものかと問いかけてくる。
「このくらいですかね?」
「ええ、いいわね。ね? 留め」
「そうですねぇ」
先程までの震えた幼児のような雰囲気はどこへ行ってしまったのか、一瞬見えた昔の多恵は掻き消えてしまっていた。
「 では、私はこれで」
逃げ水に巻き込まれた心地で頭を下げる。
多恵は形式的な挨拶だけを告げ、何を言うでもなく俺を見送った。
曲がり角から見えるその膨らんだ輪郭を時折振り返りながら、おぼつかない足を動かす。
俺の子か? と尋ねた言葉に返事はなかった。
そう とも、
いいえ とも、
どちらとも答えてはいない。
涼しくなってきたはずなのに、じっとりとしたものが背中を流れていく。
質の悪い怪談話に当たってしまったかのように寒気がした。
わずかな物音にすらびくつく様は、犯罪者の心地だった。
敲き金を鳴らす。
未だ混乱する頭で、相談することができる相手として唯一思いついたのは玄上だった。
奴ならば何かいい助言をくれるのではと、藁にも縋る思いでもう一度敲き金を鳴らす。
「 はい」
新見は相変わらず鉄仮面のような能面振りであったが、その目の奥に何度も不躾に敲き金を鳴らしたことに対する苛つきを見た気がした。
自分の態度の悪さを反省するべきなのだが、そんな余裕もなく新見に詰め寄る。
「すみませんっ! 火急の用で……玄上は?」
「田城様はこちらにはいらっしゃいません。久山様、お加減が?」
瞳の奥が揺れて、俺の様子のおかしさを見て取ったのか不安そうだ。
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