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真新しい画布 19

「顔色がよろしくないようです。田城様にご連絡いたしますので、こちらでお体を休められてはいかがですか? すぐに用意させますから」  血の気のない指を顔に遣ると、冷たい汗がその先に触れる。  新見の申し出は正直、有難いと思った。  けれど、何かに追いかけられる気持ちはそれを受け入れることができず、首を振るしかない。 「ありがとうございます、でも……」  言葉を探しながら頭を下げ、心配そうな顔の新見を振り切るようにして歩き出す。 「すみませんっまた改めてきます!」 「あっ! 久山様っ、あの  」  俺を呼び止めようとした新見の声が背中から聞こえたけれど、足を止めてゆっくり話を聞くことができるほどの余裕は持ち合わせていない。  震えて砕けそうになる足を叱責しながら、弾かれたように駆け出した。    息を荒げながら道を行くと、井戸端にたむろする人々が怪しげに視線で追いかけてくる。  けれど、そんな周りの視線なんて気にすることはできなかった。  崩れるのではと思う勢いで斜めになっている戸にしがみつき、叩くこともなくそれを開け放つ。 「あっ」  声を上げたるりがぽかんと俺を見て目を丸くした。 「え……卯太朗!? なに? なに? どうしたの?」  仕事着である派手な色合いの着物の帯を慌てて結びながら、様子のおかしい俺に首を傾げながら駆け寄る。  ひぃ とのどの奥が攣れるような声が出そうになったのを抑え込み、途切れ途切れにるりに問いかけた。 「げ、……玄上は?」 「おにいちゃん? おにいちゃんはきてないよ」    不思議そうにこてんと傾げられた仕草に、何かがぷつりと切れて……  ぺたんと土間に座り込んだ俺に、るりは訳がわからないまま柄杓を差し出してきた。  飢えた犬のようにそれに口をつけ、服が濡れるのも構わずに一気に飲み干す。  甕に組み置かれたそれは冷たさとは程遠かったはずなのに、頭の熱を奪うには十分だった。 「……ど、したの?」  るりは明らかに様子のおかしい俺に対し、怯えているのが見て取れた。  俺を見て怯えた顔を向ける翠也と姿が重なって見えて…… 「ふくよ? いい?」  怯えてはいても、るりは俺の口元に手拭いを当てようと白い手を伸ばしてきた。  それを掴まえて、さっとるりを引き寄せる。 「卯太朗?」 「るり、今日は空いているか?」  そう問いかけると、腕の中の体が震えて頷いた。

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