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赤い写生帳 4

「一緒に床にいることができたら温かいのだけれどね」    そう愚痴るもこればかりはしかたがなかった。  和姦とは言え、後援者の息子と世話になっている人間が通じているなどと言うことは知られてはならない。  名残惜しく別れなくてはならない夜が辛くて……  翠也のいない人生など俺には無意味なのだと、一人寝の寂しさが骨に沁む度に強く思った。    すっかり主役となった秋の庭で写生する。  雲はすっかり夏の姿を潜めていたが、日が照る部分ではまだ暑いとも感じる季候だった。 「お二人、そうされていますとご兄弟のようですね」  蒔田がそう言い、剪定ばさみを持って傍らを通り過ぎる。  その後姿が冬の庭の方に消えたのを確認してから、翠也に向けて苦笑を零す。 「兄弟だそうだよ」 「傍からはそう見えてしまうのですね」  珍しく険を刻んだ眉間を宥めるように、体の影にして指を絡ませる。 「それだけ仲良く見えたんだろう。もっとも、弟とはこんなことはしないなぁ、さすがにそこまで畜生じゃない」 「そう、ですね。恋仲とは思われないのですね」  寂しげな翠也の肩を抱いてやりたかったがそれも敵わず、絡めた指に力を込めた。  それでも塞ぐ気配は薄れてはくれず、小さく「翠也」と声をかける。 「なんでもありません。……それでも僕は、貴男の傍にいることができたらそれでいいんですから」  俯く翠也の言葉が嬉しくて、応えるように頷いて見せた。  玄上から譲り受けた写生帳は、翠也にとっていい肥料となり得たようだった。  頑ななとも言える蕾が膨らむように、翠也はそれらを吸収していく。 「……あいつもたまには役に立つ」 「もうっ! 素直に感想をください」  見せられたのは蝶の絵。  その繊細な模様は玄上が特に得意としていたものだ。 「君が日本画を志さなくてほっとするよ」  俺のひねくれた感想にも、翠也はくすぐったそうに微笑む。  その笑顔を産まれさせた玄上に対して、にじり上がるような嫉妬を感じもするが、それと同時に感謝もしていた。  翠也の才能の花開く瞬間をこうして見ていられるのだから。  まだ届かない個展の案内が届けば、翠也と連れだって礼にでも行ってやろうかと思う程度だけれど。  夏の終わりに開くと言っていたのに、もう秋口と呼んでも構わない時期だ。  案内はとっくに来てもいい頃だろうに……大方、並木夫人とのんびりしすぎたか、それともるりのところに入り浸っているかのどちらかだろう。  ふと、最後に俺を見送ったるりの瞳を思い出しかけたが、こちらを窺う翠也の笑顔を見詰め返して蓋をする。    

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