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赤い写生帳 3

 翠也はこちらを軽く睨んだが、けれどその視線はどこかくすぐったい。   「……僕も、そう思います」  小さく返事をして、何かを抑えるかのように深呼吸を繰り返す。 「では、こちらはやはりお返しした方がいいですね」  名残惜しそうな様子が面白くなかったけれど、玄上の写生帳が翠也の役に立つのは確かだろう。 「いや、貰っておけばいい。塵紙よりは役に立つだろう」 「またっそんなことを!」 「はは! そう言う仲なんだ」  そう言うと翠也は少し気になる微笑を浮かべる。 「どうした?」 「羨ましいです」 「羨ましい?」 「僕はずっと独りで描いていますから気楽でいいのですが……お二人を見ていたら羨ましくなりました」  あぁ 頷く。  師につくなり画壇に入るなりすれば交流も生まれようが、一人ならばそれもままならないだろう。 「柵も生まれるが、画壇に入るのも悪くないよ」 「……卯太朗さん以外の柵なんて必要ありません」  はっきりとした言葉を返されて思わず面食らった。  盲目に等しい言葉にじわりと胸に嬉しさが滲む。  けれど、だからこそ言わねばならないと意を決した。 「でも、奥様とのことがあるのだから、はっきりと身の振り方を考えた方がいい」  突き放したと思われるだろうか?  また峯子の肩を持ってと怒られるだろうか?  人の意見を伺うことに、これほど怯える日が来るとは思ってもみなかった。 「僕は……貴男の愛人でいたい」  恥じ入る声が告げる。 「貴男だけに、愛でられるものになりたい」  そう言い、翠也は汗ばむ手で俺の手をしっかりと握り締めた。  素直に牡を飲み込み、破瓜の際の苦しみが悪い夢だったかのように翠也は俺を貪り、その形を覚えて柔々と絞り上げる。 「ふ……ぅ、んっ」  膝の上で果てた翠也を抱き締め、気怠さと愛おしさに浸りながら口づけた。 「んっ  卯太朗さんの舌、甘い……もっと……」  どこかに気を遣ってしまったかのような蕩ける目をして言い、正気の彼ならば決してしない淫らな腰の動きに誘われる。 「……ぅあっ  きもち  ぃっ」  余韻に体を震わし、あますところなく欲を絞り取ろうとする腰を掴んで引き寄せる。 「もっと欲しいかい?」  とろりと蜂蜜のような気配を見せる目が頷きかけて、はっと理性の光を灯して瞬く。 「いえっ! もう、いっぱいいただきましたので……」  正気に戻った表情だと言うのに、その手は散々子種を注ぎ込んだ腹を艶めかしく擦っている。 「そう? 寒いのだから、もう少し温まってもいいんだよ?」 「ですが、離れ難くなってしまうので……」  夜ごと翠也の体を抱くようになってどれほど経ったのか……朝夕に肌寒さを感じるようになった。  共に夜を明かせないせいか、その寒さがやけに身に染みて感じてしまう。     

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