131 / 192

赤い写生帳 2

「はい。左様でございます」  随分古いものまであるのを眺めて、あのごった返して座る場所も危うくなりかけていた工房を思い出した。  いい加減、作業の場所まで埋まってしまいそうだったのをどうにかしようと考えたんだろうと、思わず苦笑が漏れる。 「あいつのことだ、部屋を片付ける手間を惜しんだんだろ」 「ご明察、素晴らしく思います」  穏やかな笑みを浮かべて、再び新見が深く頭を下げた。  工房にすべてを運び入れると、部屋全体が思いの外狭く見える。 「突き返せばよかったのに」 「いえっ! そんなもったいないっ」  いつになく頬を赤らめて興奮する翠也に、ふぅんとだけ返す。  玄上が何を思っていきなりこんなことをしたのか……  新見は片づけと言っていたが、この量は玄上の工房にあったものすべてではなかろうかと言う思いが過る。 「何を考えているんだか」  写生帳に添えられていた手紙には、翠也の手紙に対する礼と自身の才能のためにこれを活用して欲しいと言うようなことが、お世辞にも読みやすいとは言い難い字で書かれていた。 「手紙?」 「以前いただいた菫のお礼状を送りました」 「ああ、……そう」  綿を飲み込んだかのような不快感に眉間に皺が寄るのを止められない。  知らない間に翠也と玄上が文を交わしていたことが酷く不愉快だった。 「わぁ! これ、この図案、画廊で見たことがあります! うわっ蝶に……蟷螂に……凄い…………」 「……そうか? ため込んでいただけだろう?」  きつく言い返すと翠也は俺の不機嫌さに気づいたようで、飴を貰った幼子のような顔をさっと曇らせる。 「ぁ  の、何か……」  問いかけようとした翠也に向かって首を振った。  なんでもないと言う意志表示だったが、不安そうな表情は変わらない。 「隠しごとは嫌です」  憤然とした物言いに苦笑する。 「いやなに、君が玄上のもので興奮しているのが面白くないだけだよ」 「え……?」 「君のそんなふうに赤くなった顔なんて、俺の下でしか見たことがないからね」 「あっ、ぁのっ……」 「どうせなら玄上のものではなく、俺のもので赤くなってくれないか?」 「止めてくださいっ!」  俺の言葉を遮ると白い肌を朱に染めて俯き、恨みがましそうな声を出しながら唇を尖らせた。 「卑怯です」  さすがに俺の言葉の意図に気づいたようだ。 「卯太朗さんとのことと、一緒にしないでください」 「どうして?」 「どうしてって」  さっと辺りに人の気配がないことを見てから、翠也の耳元に唇を寄せる。 「君が他の男の名前を出すだけでも厭わしい。君を朱に染めるのは俺だけで十分だ」 「ぁ、くっ  」  きゅっと音がしそうなほど唇を噛み、息の触れた耳朶を押さえながら翠也はよろめく。

ともだちにシェアしよう!