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赤い写生帳 8
目指す道が日本画と洋画で違ってはしまったけれど、逆にそれが幸いだったのかすれ違うこともなく今までやってこれた。
絵も、酒も、遊びも、二人で楽しくやっていたと思っていたが。
随分と前から、どんな思いでこれを描き続けていたのか……
最期の手紙ですら、はっきりと言葉にしなかった繊細さに小さく苦笑が漏れる。
「……玄上…………」
馬鹿たれ と小さな言葉だけが零れた。
翠也に玄上のことを伝えると、理解できなかったかのような表情をした。
「え? ……今なんと?」
瞬く両目は、俺が悪い夢でも見たんじゃないかと問いたげでもある。
「これが、玄上から君への手紙だ」
「僕に……?」
崩れるように翠也の前に座ると、未だに事情が飲み込み切れない表情で問いかけてきた。
「どうして?」
「いや……」
ぽつ、ぽつ、と返される言葉はあまりにも無垢で、翠也自身の胸中を表しているように思う。
俺と同じように理解しきれなかった言葉を繰り返し反芻し、次第に眉間に深く皺が寄って行く。
「なん……っなぜです!? こ、こんなっのはっ……」
目がとっさに玄上の描いた匂菫に動いてから、再び俺をひたりと見つめた。
「 」
小さくはくはくと動いた唇は俺に問いかけていたようにも思えたが、俺の耳に届くことはない。
今にも息を止めてしまうのではないかと思えるほど衝撃を受けている翠也を抱き締め、宥めるためにその背中を撫でた。
俺がこれからするべきことを考えているはずなのに、思考は馬鹿みたいに同じ個所を巡って答えが出ず、救いを求めるように抱き締めた腕に力を込める。
「……大丈夫ですか?」
青い顔をした翠也の指先は冷たかったが優しく俺の頬を包む。
お互い突然のことに驚いているのだと言うのに、俺を気遣う翠也の優しさに混乱が凪いで……
「あぁ」
「何か僕にできることはありますか?」
水の膜を張った瞳は不安に揺れている。
その不安そうな面持ちにはっと胸に過ったのは、俺と共に玄上に会いに行きたがったあの日のるりだった。
俺が一緒ならば会える……と言ったのは、並木夫人の屋敷のことではなく玄上の療養先のことだったのではと思い至ると、ざっと血の気の引く思いがする。
俺は、二人が会う最後の機会をふいにしてしまったのか?
あの時、るりの言葉に耳を傾ければ玄上に会えたのではないか?
俺は、自分のことばかりで……
「卯太朗さん?」
ひっと引き攣るように息を吸った俺を、心配そうな表情で覗き込んでくる。
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