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葬儀 12

 「妻を迎える」と言う条件だけは、幾ら翠也が食い下がろうが峯子は譲らなかった。  南川の血統を続けていかなくてはならない。    盲信的な思いを結局変えることはできず、せっかく受け入れられた絵を描くことまで否定されそうな雲行きに、話を切り上げて工房へと引き上げざるを得なかった。 「翠也くん」 「……平気です」  決してそんな顔色ではなかったが、俺に背を向けて通夜へ行く支度をするからと部屋に入って行く。 「卯太朗?」 「うん?」 「  おれがきて、やっぱりめいわくか?」  俺達のやりとりを青い顔をして見詰めていたるりは所在無げに足元を見る。 「どうしてそうなる?」 「卯太朗が出て行くとか……おれ、いやだよ」 「話を聞いてただろ? 出て行かないよ」    くしゃりと髪を掻き混ぜ、安心させるよう笑ってみせた。  正直、あんなことを言い出したのはいいものの、ここを放り出されれば路頭に迷うしかなかった身ではほっとしたのは事実だ。 「るりは、絵は好きか?」  身なりを整えてやりながら尋ねると、首を傾げて返される。 「おにいちゃんの描いてくれた絵?」 「いや、自分で描く絵だ」  そう言うと、るりはぶるぶると濡れた犬のように首を振ってみせた。 「絵なんて描けないっ」 「これから、俺と絵を描こう」 「卯太朗と?」  頷いて返すが、るりは訳がわからないと言う様子だ。 「お前には絵の才能がある。だから、ここで絵を描くんだ」 「らくがきならしたことあるけど、むりだよ」 「無理じゃない」  はっきりと言い、るりの襟を直して髪を隠すための帽子を手渡す。 「卯太朗が教えてくれる?」 「るりに師が見つかるまでな」  え? とるりの声が上がる。  頼りないとも思える華奢な手が俺の服を掴んで引っ張った。 「いやだ! 卯太朗が教えてよ!」  駄々っ子そのままの様子でいやいやと首を振り、しがみついてくる。 「おれに絵を教えてくれないのは、あいつがいるから?」 「あいつなんて言っちゃいけない。翠也くんはこの家の息子なんだ、きちんと呼ばないと」  そうるりを諫めた。 「るりを置いてくれるように手伝ってくれたんだ。あとでちゃんと礼を言うんだぞ」 「……やだっ」  ぷいとそっぽを向く姿に一抹の不安を感じ、顔をしかめるしかできなかった。  粛々とした通夜の雰囲気に気後れして立ち竦むるりの背を押して会場に入る。  葬式は玄上の後援をしていた並木夫人が執り行うとは聞いていたが、支援していた一画家を送るにしてはずいぶんとしっかりしていた。  それは、並木夫人の中で玄上がどれほどの場所を占めていたかを示しているようで……   「久山さん?」  涼やかな声だった。  振り返ると豊かな黒髪と泣き黒子が印象的な美女が、優雅な動きで頭を下げる。

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